社会の独房から

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アニメ映画『HUMAN LOST 人間失格』解説と感想。19時間労働はやり過ぎ。

「恥の多い生涯を送ってきました。」

という一文があまりにも有名な1948年に太宰治が発表した『人間失格

太宰治の代表作ともいえる作品であり、この作品を書き上げた1ヶ月後に愛人・山崎富栄と入水自殺をしたことも有名。まさに彼の遺作とも言える。

そんな『人間失格』をまさかの大胆に翻案して描く劇場アニメーションである本作『HUMAN LOST 人間失格

2019年は蜷川実花監督作品の『人間失格 太宰治と3人の女たち』が映画化されたばかり、空前の人間失格ブームが来ているかもしれない。

この映画の私の感想としては

なのだが、正直に言うと冒頭から「人間合格」やら「アプリカント」やら専門用語連発という観客を突き放すストロング仕様だし、その上、CV櫻井孝宏が超イケボイスでこれまた難しい用語で難しい思想と難しい哲学を語りまくるシーンが結構あるので耳は幸せだけど、頭は混乱状態になってしまう。

f:id:Shachiku:20191129235214j:image(C) 『バーナード嬢曰く。』第一巻

私の好きな漫画である 『バーナード嬢曰く。』のこの雰囲気で楽しむ精神が必要であるが、せめて専門用語ぐらい知識として備えてからこの映画を観たい人向けに、用語集を前半で書こうと思う。そして後半はネタバレありのストーリーあらまし解説の二段構えでやろうと思うので、そんな感じで読んでくれると嬉しい。

HUMAN LOST 人間失格 ノベライズ (新潮文庫nex)

 

 概要

PSYCHO-PASS サイコパス』『踊る大捜査線』の本広克行をスーパーバイザーに迎え、監督を『アフロサムライ』の木崎文智、脚本を『マルドゥック・スクランブル』の冲方丁が務める。アニメーション制作は『GODZILLA』3部作や『シドニアの騎士』を手がけたポリゴン・ピクチュアズ

 

専門用語

GRMP(グランプ)

四大医療革命である万能医療ナノマシンの通称。

遺伝子操作(genetic engineering)

再生医療(regeneration)

医療用ナノマシン(medical nano-machine)

万能特効薬(panacea)

のそれぞれの頭文字からGRMP(グランプ)と呼ばれている。全国民に投与されており、宿主の健康状態を維持する。

合格者

全国民の健康基準となる300人を越す人たち。彼らの健康状態をネットワークで全国民とリアルタイムで同期する事で全国民の健康を保っている。彼らのお陰で人々は病苦から解放され平均限界寿命120歳を突破した。また彼らはS.H.E.L.L(シェル)体制の維持により、更に長寿化し140歳を過ぎてもなお生命維持装置に身体を繋ぎ寿命を伸ばしている。

S.H.E.L.L(シェル)

国民の健康を管理し無病長寿を保障する国家機関。人々の体内にある「GEMP」をネットワークに繋ぎ、健康の維持を保ってる。

文明曲線

統計計算により予測される未来グラフ。

S.H.E.L.L(シェル)が収集する全国民のバイタルデータから導き出され、医療革命によりヒューマンロストが多発し文明が滅びる「崩壊曲線」と人類が進化して医療革命に完全適合する「再生曲線」の両方が存在し、これからどちらかになるか定まらずにいる。

ヒューマンロスト

全国民が繋がっているネットワークから外れてしまう現象。基準を失った「GRMP」が暴走し、異形の怪物「ロスト体」になってしまう。無病長寿大国日本における寿命以外の唯一の死である。

 

インサイドとアウトサイド

東京首都圏の中のあるエリア区分。

中心である「インサイド」では政府中枢と富裕層が集まり、「アウトサイド」では貧しい地域が広がる。

 

アプリカント

ヒューマンロストを起こしても体内の「GRMP」が暴走せず人の姿を取り戻した人間。

本来の生命機能が進化した存在。主人公含めて3人いる。可能性の塊。

 

といった感じである。

ここまでの用語を説明も最低限にドンドン話が進むので注意が必要だ。

ではここからネタバレありのあらましを書いていくのでまだ映画を観ていない人は注意してくれ

 ストーリー流れ

本作は原作の『人間失格』同様第1、第2、第3の手記で物語は進んでいいく。

第1の手記あらすじ

医療の革命的な進歩により人が死を克服した昭和111年の東京。環境を無視した経済活動と19時間労働政策の末、GDP世界1位、年金支給額1億円を突破した無病長寿大国日本、東京。

「アウトサイド」で薬物に溺れる主人公大庭葉藏は唯一の友達に同行する形で「インサイド」に突貫し、激しい戦いに巻き込まれる。

友達が「ロスト体」になってしまい葉藏自身も「ロスト体」になってしまうが、アプリカントの1人である柊美子に助けられ、自分もまたアプリカントである事を知る。葉藏は自分を一時的にロスト化できる能力者だった。

 

第2の手記あらすじ

最近頻発しているヒューマンロスト化を生み出していたのがアプリカントの1人であり、S.H.E.L.L(シェル)システムの生みの親でもある堀木正雄(cv櫻井孝宏)である事を知る。

正雄は言う。「進み過ぎた社会システムに全ての人間は失格した」と。このままではいずれ合格者達も寿命が来て、S.H.E.L.L(シェル)システムは崩壊する。そうなれば全国民が死んでしまうから、先に全ての国民をロスト化させ、「GRMP」というナノマシンが投与されていない新人類で再スタートさせる事が正雄の野望だと葉藏は知る。

正雄は葉藏に好意を寄せている人をロスト化させ、葉藏の育ての親を殺害。

落ち込んでいる葉藏に柊美子は正雄が語った未来は可能性の一つに過ぎず、人類は滅びず再生される未来はあると説得する。

しかし、そこに正雄は急襲。葉藏は心臓を奪われる。

 

第3の手記あらすじ

葉藏の心臓は再生されたが、意識は戻らないままだった。

新しい合格者を祝う合格式当日、合格者達はアプリカントである葉藏の臓器を合格者達に移植する事で更なる長寿化を模索するが、柊美子は反発。自分の臓器を提供する事を提案する。

それを感じた葉藏は意識を取り戻し、柊美子を救いに行くが、既に遅し。柊美子は臓器を全て取られ、帰らぬ人になっていた。

同時に合格式に正雄が強襲。葉藏の心臓でパワーアップされたロスト化の集合体である怪獣が生まれる。

そのまま合格者達を襲うが、合格者も柊美子の臓器を得てパワーアップし抵抗、また柊美子の意思を次ぐ葉藏を駆けつける。

しかし、柊美子が望んだ社会に合格者達が居なかったので合格者達は次々に自滅していく。そして正雄に操られた柊美子の細胞を引き継いだロスト体が葉藏を襲う。

柊美子の精神と言う名の心臓を引き継いだ葉藏は、彼女が本当に目指した青空広がる世界を実現するべくロスト体を倒していく事を決意。怪獣を倒し、正雄を殺す。

 

最後、合格者が死滅し、S.H.E.L.L(シェル)が不安定になり、文明曲線が分からなくなってしまった社会で、柊美子の細胞を引き継いだロスト体含めてロスト体が急増してしまう。

葉藏は「恥の多い生涯を送ってきました。」と言いながら変身し、今日もまた世界を救う。

 

老人社会の日本

本作は昭和111年の東京という設定ながら現代日本の問題点をより分かりやすく、より大胆に描いている。

昨今、長寿化する老人介護の為、多くの若者が苦しむニュースを見かける事が増え、増え続ける老人に対して若者の数が問題視され、様々な対抗策が実施されてるが、実際問題本作みたいに老人大虐殺でも起きないと、解決策は難しい。

そうなると世代間憎悪が拡大するのは世の常であり、現代でもネットを見ると若者の老人への憎しみを見かける事は多い。

もはや日本ではどうしようもない問題なのだ。

 

普通、こういうテーマを描くにあたってある程度、老人達への配慮とかあるものだが本作は全くない。人生を楽しみ為に長生きするのではなく、長生きする為に人生を生きる。

そんな手段と目標が入れ替わってしまった社会で、老人達のエゴのため死んでいく若者。

見ていて老人の為に苦しみ主人公達に悲しむばかりだ。

 

老人のために人生があるのではない。自分自身の人生を歩んで欲しい。そんな冲方丁の声なき声が聞こえて来そうな話になっている。

 

原作との関わり

本作は設定や世界観などは原作とかけ離れているが、主人公が心許した優しい女性が肉体的か精神的に相違点はあれど死ぬ流れなど、基本的には同じである。

そして原作では葉藏は心の底では「本当は信じ、愛したい」と思っている自分の気持ちに気付かずに、生涯を終えてしまう。

しかし、本作では柊美子が死んだ後も精神世界で彼女と心を通じ、愛を知り、彼女の為に肉体を殺してロスト化する。SFだから出来る『人間失格』と言える。

 

最後に一言

19時間労働により帰宅ラッシュが午前4時になっているという世界観が怖すぎて震える。

GODZILLA 怪獣惑星

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