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『サクラテツ対話篇』感想。藤崎竜先生によるソクラテス哲学

退屈な日常に憂鬱を覚えて、非日常に強く憧れるヒロインの前にある日いきなり宇宙人や未来人、神様などが現れて勢力争いを繰り広げる中で、主人公の男子高校生がそれに巻き込まれるというSF作品と言えば何だろうか。そう、皆さんご存知である『涼宮ハルヒの憂鬱』だ。

 

いや違う、『封神演義』でお馴染み藤崎竜先生による『サクラテツ対話篇』のことである。

今回取り上げるのはこの作品。

f:id:Shachiku:20200608232148p:image (C)サクラテツ対話篇

ちなみに『涼宮ハルヒの憂鬱』は2003年6月から刊行されたが、『サクラテツ対話篇』は2002年である。藤崎竜先生は時代を先取りしている。

 

しかし、『サクラテツ対話篇』は残念ながらハルヒのようにブームになることはなく、人気は低迷し早期に打ち切られた。単行本も上下巻の2巻だけである。

 

この『サクラテツ対話篇』は確かに連載当時、「理解不能」「話がぶっ飛んでる」「テンションが高いだけ」「不条理かつエキセントリック」「封神演義みたいなの期待してた」「フジリュー先生の感性はハイセンス」などなど言われていた。私も読んだ時は子供だったが、「強烈なインパクトを残しながらも内容はうろ覚えという二律背反の作品」という印象だった。

ただ、今読み返すと面白い。

そんな本作の感想を書いていきたい。

藤崎竜作品集 2 サクラテツ対話篇 (集英社文庫(コミック版))

あらすじ

【ひとつの土地をめぐり、異種大乱戦が始まる!】都会の一等地に佇む1軒のボロ屋、そこに家族と住んでいるのは金の亡者・桜テツ。彼は家の維持のため、1日3時間睡眠でバイトに励み生計を立てていた。ある日、家の上空に未来からの侵略者が現れ、土地の権利を主張してきた! さらには、宇宙海賊や地底軍までやってきて…!? 大乱戦バトルコメディ!

 

ギャグ

基本的に1話完結のギャグ漫画である。

SF要素がありながら、ハイテンション狂気ギャグ漫画として毎回綺麗なオチもある。

私は藤崎竜先生の短編集が大好きだったので、これを楽しめる人は『サクラテツ対話篇』も楽しめる可能性はある。

 

 本作の魅力の1つがやはり個性豊かなキャラクターだろう。

桜テツの住んでいる所に

など毎回非常にアクの強いキャラクター達が訪れるため、読んでいて飽きない。

f:id:Shachiku:20200608232214j:image(C)サクラテツ対話篇

 

しかし、そんな個性豊かな脇役たちの中で1番インパクトがあり、なおかつ狂気に溢れているのがヒロインの出井 富良兎である。

 

桜テツの幼なじみで同じクラス、かつ大富豪の娘であり、尚且つ、3600ページを超える「サクラテツ日記」を毎日書き続けている桜テツのストーカーでもある。

f:id:Shachiku:20200608232227j:image (C)サクラテツ対話篇

↑出井 富良兎、正直滅茶苦茶好みである。控えめに言って結婚して欲しい。

 

彼女は侵略者がテツを襲っても止めない。

それどころか、「これで退屈な日常から解放される」と狂喜し、侵略者や日本国大統領を煽ったり財力を駆使したりしては嬉々としてテツに厄介ごとを吹っかけてくる。

エキセントリック少女ガールである。

フジリュー先生、『封神演義』の妲己といい、こういうキャラ大好きよね。

私も好き。

 

f:id:Shachiku:20200608232358j:image (C)サクラテツ対話篇

フジリューといえば変態キャラ

 

『国立アンニュイ学園』

原作:C・公明、漫画:新藤崎竜の二大巨匠によるハートフルサッカー漫画である『国立アンニュイ学園』をご存知だろうか。

あらすじは

ワールドカップ日本代表を目指してアンニュイ学園に入学してきた主人公の夢小路サトルは、ドリブルをしながら通学するほどのサッカー大好きの元仏貴族の少年。
そしてサッカー部に入部するがそこは不良の巣窟とかしたバトミントン部だった!?
転校早々ボクサーのコークスクリューを食らうなど、様々なトラブルに巻き込まれるも懸命に生きる。
果たしてサトルはワールドカップ日本代表に選ばれるのか!?

という『封神演義』内の漫画である。

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 ©『封神演義

フジリュー先生、こういうメタ展開が大好きである。

当然、『サクラテツ対話篇』にもこういった要素はあるというか、後半の重要要素になってくる。

まずは「漫画と現実の間」にて働く「漫画の妖精」の登場である。
彼らは本作『サクラテツ対話篇』の壊れた内容に愛想を尽かし、「こんな漫画は即終了させるべき」との結論に達するのであった。

バクマン読者でもある私はジャンプの打ち切りってジャンプ編集部が会議室で3密しながら「う~ん、これは打ち切り」って軽い気持ちで決めていると思っていたから、軽くカルチャーショックである。

f:id:Shachiku:20200608232257j:image (C)サクラテツ対話篇

 

そして「漫画の妖精」達は本作を終了させるために現実世界にてサクラテツ対話篇を読んでいた「読者」という最強の敵を送り込む。
漫画の世界内に取り込まれた現実世界の「読者」は漫画のコマ割りを認識でき、また自らの落書きを具現化させて漫画の世界で暴れさせる能力を持つ。

う~んメタい。

本作のメタ要素はこれだけに留まらない。

漫画と現実の狭間に存在し、サクラテツ対話篇を含む全ての漫画を支配する漫画の神「漫画神」ことハイデガーの登場である。

彼はテツをサクラテツ対話篇の世界から「他の漫画の主人公」にしようと目論むという展開。

 

この後半の怒涛のようなメタ展開は賛否両論あると思うが、本作の独特な世界観を読者に説明しつつ、序盤からあった「桜テツとは一体何者なのか」という疑問と伏線をジョベルカーで荒々しく回収していく感じでゾクゾクしてしまった。

f:id:Shachiku:20200608232347j:image  (C)サクラテツ対話篇

 ↑尾田先生は寛容過ぎる。

ソクラテス

本作、『サクラテツ対話篇』に登場するキャラクターの名前は、 哲学者の名前のもじりになっている

例えば主人公の桜テツの名前のモデルはギリシャの哲学者・ソクラテスからで、ヒロインの出井 富良兎の由来はソクラテスの弟子であるプラトンから。
本作タイトルもプラテンが記した対話篇(会話形式で記述した書物)から来ているものと思われる。

 

名前だけでなく内容もソクラテスから影響を受けているように感じられる。

例えば

 

藤崎竜先生の読み切り漫画『ドラマティックアイロニー』でMANGAを読む子供に

MANGAはしょせんMANGAよ。芸術作品と違ってテーマも話も下品で低俗なの。もう観ちゃダメよ

という母のセリフがある。 

 

それに対して、プラトン対話篇でソクラテスは提示する浮世離れした数々の見方や、人生を覆しかねない逆説、過激な変革の提案を行ったことから「若者を堕落させる」という罪状を向けられる。

 

世間から「若者を堕落させる」と勘違いされている点で、ソクラテスと漫画は同じであり、桜テツはそんな漫画の主人公なのである。

 

ソクラテスは問いかける。幸福とはなにか、勇気とはなにか、善きものとはなにか?

それらの問いに答えではなく、もとめる過程を重視する。

 

また、対話によって相手の矛盾・無知を自覚させつつ、より高次の認識、真理へと導いていく手法を指す問答法を使った。

なぜなら、ソクラテス

  1. 考え、対話していくことの重要性
  2. 答えられないまで問答を繰り返してのみ到達可能な「問答者が自らの無知を自覚 すること」、即ち「不知の自覚」の重要性

を知っているからである。

 

サクラテツ対話篇』でも桜テツは漫画の主人公として、人を超えた様々な存在と出会い、対話(殴り合いという名のボディーランゲージもよく利用する)していく。

そしてその上で桜テツは自分にとって何よりも大事なモノは都会の一等地に佇む1軒のボロ屋であるという自分にとっての真理に近づく。

f:id:Shachiku:20200608232326j:image(C)サクラテツ対話篇

サクラテツ対話篇』とはSFハイテンション狂気ギャグ漫画を通して、読者に哲学を教えてくれる漫画なのだ(本当か?)

 

また、『サクラテツ対話篇』では他にも哲学者の名前などが使われているので、そこらへんをニヤニヤしながら読むのが楽しい。

 

最後に

本作は打ち切りではあるが、10話のタイトルが「10話突破おめでとう記念」であったり、そもそもそんなに長くやるような物語でもないので作者自身が早期完結を目論んでいた感はなくはないと思う(鳥山明先生の『SAND LAND』的なやつ)

 

最近は原作付きの作品をフジリュー節で染める事が多いが、そろそろ完全純度100%の藤崎竜先生のオリジナル作品が読みたい。

読み切り漫画でいいから読みたいし、最終的には短編集をまた出版して欲しい。

私はそれだけを望む。

 

f:id:Shachiku:20200608232334j:image (C)サクラテツ対話篇

↑控えめに言って出井 富良兎、結婚して欲しい。

 

 

 

ソクラテスの弁明 クリトン (岩波文庫)