株式会社スクウェア・エニックス取締役執行役員(開発・部門担当) 兼 開発担当執行役員 兼 第三開発事業本部 事業本部長 兼 ファイナルファンタジーXIVプロデューサー 兼 ディレクター 兼 ファイナルファンタジーXVIプロデューサー 吉田直樹様
拝啓
年内も余日少なくなりましたが、ヒカセン兼ヤミセンとしてお健やかにお過ごしのことと存じます。
さて、「希望の園エデン再生編」ですが、吉田直樹様はこう仰っておりました。
「エデン再生編、FF8要素をあまり期待しないで」
それを聞いた私は純情ですので「ほーん、あまり期待しないでおくか」と思って再生編を始めたのですが、
「滅茶苦茶FF8やないか~!!!!」
と驚いてイスから転げ落ちてしまいました。
敬具
という訳で「希望の園エデン編」全体の感想をネタバレありで書いていきます。
アルティミシア
FF8は余白が多いゲームである。
それ故に未だに多くの人が様々な独自の解釈を持っており、特にリノア=アルティミシア説は語るモノなら荒れる。間違いなく荒れる。個人的にはリノア=アルティミシア説はテリー=エスターク説ぐらいの信憑性だと考えているがどうだろうか。
ただ、キーファ=オルゴ・デミーラ説で盛り上がった世代なのでこういう妄想をするのは楽しい。
まずはFF8覚えてない人達の為に、アルティミシアの簡単な説明から始めようと思う。
アルティミシアは魔女であり、いわれなき偏見と心の支えになってくれる騎士がいないことに絶望し、全ての時間と空間の始まりから終わりを圧縮させる魔法「時間圧縮」で世界を自分の思うがままに支配しようとしたというのが、ゲーム本編で明かされる事実だが、実は…というのがリノア=アルティミシア説。
このリノア=アルティミシア説は概要はこんな感じ。
スコールの死後も魔女リノアは魔女の系譜を断つために生き続ける。
長い長い年月の後、G.F.(召喚獣的な存在とジャンクション(接続)し力を得る事)の副作用によって記憶も過去も愛を何もかも失ってしまう。そんな状況の中でも「自分が悪い魔女になったときは、スコールに殺して欲しい」と言った約束を果たそうと、愛した人(スコール)に自分を殺してもらうために時間圧縮を行ったという説。諸説ある。諸説しかない。
なぜここまで色々な説があるのかといえば、このアルティミシア、ラスボスなのに余白が多くあり、プレイヤーの想像に委ねている部分が多いからだ。
例えば、アルティミシア最終形態のHPを0にすると見られるセリフがある。
「思い出したことがあるかい」
「子供の頃を」
「その感触」「そのときの言葉」「そのときの気持ち」
「大人になっていくにつれ」「何かを残して、何かを捨てていくのだろう」
「時間は待ってくれない」「にぎりしめても」「ひらいたと同時に離れていく…」
「そして…」
名曲をバックにしたこのセリフは非常に美しいが、唐突すぎて何が言いたいのか謎。特に「そして…」の後が気になってしまった人も多いだろう。アルティミシア自身の事を言っている説やスコールの事を言っている説など、ここも諸説あった。
そこに「希望の園エデン編」である。
「エデン」という名前だったり、無の大地というフィールドBGMに「Blue Fields」を採用していたり、冒頭の覚醒編からバリバリFF8を意識したつくりになったいるが、最終章である再生編では、黒幕にアシエン・ミトロンが登場。その真名は「アルテミス」というアルティミシアを意識した名前になっている(アルティミシアがアルテミスを意識して名付けた名前かもしれない)
↑ガイア、FF14は全体的に顔が薄い人が多いので、野村哲也節全開の顔の濃ゆさとその性格のキツさもあいまってドン引きしてたけど、最終的には大好きになるのは流石FF14のシナリオ
このミトロンは守るべき対象だったアログリフを守り切ることが出来ず死なせてしまう。そして自分自身は光に蝕まれ、最初の大罪喰いエデンとして無の大地に残ってしまった。彼はアログリフの転生体であるガイアの「妖精さん」となってアシエン・アログリフの記憶を取り戻させるために闇の力を与え、人間としてのガイアの記憶を消そうと働く(ガイアがエデンとジャンクションする事により闇魔法の力を得るが、代償として記憶がなくなる事を利用した)
最終的にミトロンはアログリフと融合し、エデンとも融合し、プロミス・オブ・エデンになり最終決戦が行われる。
↑ブロッコリー言わない!
楽園の約束。
アシエンたちにとっての楽園の約束。
リーンとガイアにとってのエデンでの約束。
2人の魂。2個の思い出。1つの体。
そこでミトロンとアログリフは「過去」でも「未来」でもなく「今この瞬間」だけがMUGENに続く事を望んだ。永遠たる停滞。
つまりハイローの琥珀さんであり「希望の園エデン編」は実質ハイローだったという事なんですね。
そして上記で書いたアルティミシアの最後のセリフ。
「大人になっていくにつれ」「何かを残して、何かを捨てていくのだろう」
「時間は待ってくれない」「にぎりしめても」「ひらいたと同時に離れていく…」
「そして…」
その一連の言葉がテーマになって生まれたのが「希望の園エデン編」なのだと思う。
「そして…」から「消えてしまう」が続くのだろう。
アルティミシアの真の目的と理由。
過去は過ぎていき、大切なモノはどうあがいても失っていく。人の記憶はいずれ薄れていくものであり、都合の良いように脚色されていってしまう。
それが許せない。ゆえに永遠なる今を望む。
だからこその「時間圧縮」
そこにさらにリノア=アルティミシア説を絡めると、アルティミシアはスコールに殺されるためではなく、スコールが存在した時代での永遠なる今を望んだのではないだろうか…
「愛」
それでもガイアとリーンは未来を求める。
「花」は散るからこそ美しい。命とは儚いものだからこそ尊い。
ガイアは今までの冒険を忘れないように思い出を日記として残す。
FF8のセルフィの日記のように。
記憶がそのまま未来永劫紡がれていくように。
花は散っても種子が残るように。
停滞した今から未来に進むために。
ここまで色々妄想したが、このFF14『希望の園エデン』編ではアルティミシア本人は一瞬たりとり登場しないのがすごい。登場しないのにこの存在感、さすがラスボス。
細かな好きポイントとFF8要素
- まさかの蛮神たちとの再戦。「あんまり落ちることを考えるなよ」というサンクレッドのセリフからの四駆タイタン登場はズルい。ハイデリンさんも常々「聞いて…感じて…考えて…」って言ってるけど、「そこまで考えないで想像しないで…」状態である
- イゼルシヴァより圧倒的に可愛いリーンシヴァ
- リーンとガイアの百合の間に挟まろうとする昔の男アシエンって構図が面白い
- 今回、初めてログイン戦争後に最新コンテンツに参加する事できたけど、リーンとガイアの間に挟まれようとするヒカセンが多すぎて、リーンとガイアが見えやしない。
- 「ストック」と「はなつ」→FF8でおなじみのバトルシステム。
- 水晶祭での実行委員→FF8ではセルフィが盛んに学園祭の実行委員に勧誘してくる
- 巫女と騎士→魔女と騎士
- リーンが考える最強の存在→FF8ではアルティミシアもスコールに仕掛けてきた。FF8では召喚獣グリーヴァが顕在した。FF14ではお父さん2人混ぜるな危険状態。というよりヒカセンが考える最強の存在を顕在化すればよかったのに
- 緊張して足がつりそう→ラグナの癖
- ガイアの「壁にでも話してろよ」→スコールも同じセリフがあったけれど最終的にブーメランになって返ってくる所までオマージュしているのはポイント高い
- ミトロンとアログリフの融合体がアルバートにより2つに裂かれ半身がそれぞれ別の世界に彷徨う→FF8における神話「大いなるハイン」
- 無の大地の全六属性を隆起させ、エデンのエーテルを解放させた事によって生まれた花畑とスコールとリノアの約束の場所がシンクロする最後のシーンが完璧でしたね。無の大地を生き返らせるという設定の時からこの終わり方を考えたと思うとやられた感がある。FF8への確かな「愛」を感じる。
最後に
前半に書いたリノア=アルティミシア説とアルティミシアの目的などは完全な与太話ですので本気にせず笑って読んでください。
与太話とは制作陣が完全に否定したり、誰かの中傷にならない限り、あらゆる可能性があり、プレイヤーは無限大の妄想に耽る権利があると思う。
それは時に「そんな訳ねーわ」と第三者から突っ込まれて気づいたり
また、自分自身で考えていくうちに「そんな訳ねーわ」と気づいたりして
9割ぐらいは消えていくけど、「あれ、これもしかするともしかして」となる瞬間がある。そのドキドキ感はやばくて、世紀の大発見をしたつもりになって、最終的には「そんな訳ねーわ」と冷めて終わるので、ぜひみんなも与太話を考え欲しい。
オメガ編とは違って、過去ボスそのままドーン!!!!みたいな破壊力はないので、オマージュが物足りないと感じる人がいるかもしれない。蒙古タンメン中本のカップ麺の辛さを期待したら、カップヌードルカレー味が来たみたいなテンションかもしれない。
ただ、このカップヌードルカレー味、滅茶苦茶美味しい(何の話だ)
それにしてもFF14のメインクエストではとうとう新生の頃から問題になっていたテンパード化が解決に向かいつつあるの、もしかして、FF14終わるのか?と疑惑を持ったり、
ヒカセン、帝国問題がややこしい原初世界に戻らず、リーンとガイアの間に挟まれた第一世界で余生を過ごすのもありよ?と思いながら
これからもFF14を楽しんでいきたい。
そしてパッチ5.5まだーーーーー?