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藤本タツキ先生読み切り漫画『ルックバック』感想

色々解釈できるけど、少なからず京都アニメーション放火殺人事件を連想させる描写があるので、まだそこまで心が回復していない人以外は、まずこの143Pある藤本タツキ先生の読切漫画『ルックバック』を読んでくれ。大丈夫、体感5分で読める。

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ではここからネタバレありで感想を書いていく。

 

阪神淡路大震災を経験して

藤野と京本という合わせると藤本になる2人の女性が主人公な事からもこのマンガが藤本タツキ先生の半自伝的内容でありながら2年前に起きた京アニの事件(または不条理な暴力で命を奪われたすべての事件)をモチーフにしていることが読み取れる。

頭空っぽにして読んでも最高に面白いのに読めば読むほど発見があり、余韻が増していく漫画なので色々解釈はあるんだけど僕が最初に読んだ時は映画の『ワンス・アポンア・タイム・イン・ハリウッド』『ララランド』のような「京アニ事件が辛くて立ち上がれなくて、それでも…それでも僕は」という切実な祈りと決意を感じた。

 

インタビューで『涼宮ハルヒの憂鬱』や『日常』『氷菓』を好きなアニメと言い、京アニ愛を感じてしまう藤本タツキ先生。

また、少年ジャンプ+にデビュー前の高校生時代、「長門は俺」名義で活動しており、短編集もある。

namakuriimu.web.fc2.com

 

そしてこの対談

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藤本:沙村先生はそういうことを言われたうえで好き勝手してんのかなと思っていました(笑)。そっか、面白いですね。僕は読み切りを描く時は大体怒りで…。例えば、今ネット上で怒っている人が多いじゃないですか。そういう人たちって、Twitterとかで発散できていると思うんですけど、僕は自分の怒りなどをTwitterとかに書く気が知れなくて。漫画にぶつけているんですね。

 

怒り。

僕たちの周りには怒りや哀しみを感じる理不尽な事に溢れている。

 

僕は阪神淡路大震災を経験した。

その時の僕は子供で、今では覚えている事も少ない。

それでも、あの住んでいた家を、思い出の図書館を、朧気に覚えている祖母を、

燃やし尽くした炎の姿を忘れらない。

 

だからなのだろう。

君の名は。』や『ワンス・アポンア・タイム・イン・ハリウッド』などの「現実ではこうだけど、こうだったらよかったのに」が好きだ。

変わらぬ過去への叶わぬ願い。

目を向けたくなるような事件や暴力、事故に対して、復讐したり救ったりしてくれる。

 

そういう物語に「軟弱者だ!」と言うのも分かるし、「ただの現実逃避」と冷笑するのも分かる。

でも、何でもかんでも現実で起こったことを受け入れて前に進めるほど、僕は強くない。寄り添ってくれるモノが欲しい。優しい夢を見ていたい。

 

そして『ルックバック』

ハッピーなifを描きながら、現実に戻る。

このハッピーなifは妄想でも、並行世界でもどっちでも良くて

「現実ではこうだけど、こうだったらよかったのに」というフィクションが生きている人の背中を押す表現者としての切実な祈り。

 

そして藤本タツキ先生は「祈り」だけでは終わらないのがこの作品において大事なことだと思う。

 

美大で殺傷事件、京都アニメーション放火殺人事件、911阪神淡路大震災東日本大震災。他にもニュースにならないことを含めてこの世界には常に理不尽で悲しい死と隣り合わせ。

それらは簡単に僕らの大事な人やモノを飲み込んでいき、時には自分ではどうしようもならないほど絶望する。

藤野も同じで、京本の死で漫画を描くのを止めてしまう。

でも、それでも彼女は漫画を描くの好きではなかった彼女は「なぜ漫画を描くのか」その原点に立ち向かい、自分の漫画を読んだ京本の顔、表情、時間を思い出す。

 

そし決意する。先に行けなくなった者に対して「俺の背中を見ていてくれ」と。

 

フィクションはフィクションでしかなく決して僕らを助けない。フィクションと現実は逆転しない。

でも僕らはフィクションを、漫画を読んで救われると思うことがある。救われた経験を待つ。

だから、大好きなんだ。

だからこそ、フィクションはいつの時代も人々に求められて、これからも終わらないんだ。

 

Oasisの「Don't Look Back in Anger」

作中の最初と最後の背景の文字とタイトルを合わせると曲のタイトルになるのはご存知だろう。

 

2017年5月22日の夜、イギリス・マンチェスターでテロ事件。
アリアナ・グランデが最後の曲『One Last Time』を終えた直後に、会場の出入口近くのロビーで自爆テロによる爆発が起こり、子供を含む22人の死者、負傷者59人を出す大惨事となった。

更に6月3日には、ロンドン橋付近でもテロ事件が発生した。

テロの脅威と不安にイギリス全土が包まれた中、ある曲が人々に歌われ始めた。

それがoasisの「Don't Look Back In Anger」

事の発端は犠牲者を追悼するための集会。
一人の女性が歌い始めると、集まった人々が呼応し、自然発生的に合唱となった。

 

追悼集会で『Don't Look Back In Anger』が歌われた時の実際の映像がこちら。

www.youtube.com

この集会を機に、イギリス全土で歌われ、マンチェスターテロ事件のアンセムとして知られるようになったのだ。

 

「すでに起こってしまったことを振り返って後ろ向きにならないで」

「君の人生をめちゃくちゃにしてくる奴らに振り回されるな」

 

最後に

藤本タツキ、時代。

140P をここまでスイスイ読めるのだけでも凄い。漫画を読んでいるんだけど、映画を観ている感覚にもなる。

藤本タツキ、時代。

小学生時代の藤野の4コマがちゃんと4コマ目で落ちていて完成度高いんだけど、画力が高いだけの京本の4コマを周りの人が褒めるのはリアリティある。

藤本タツキ、時代。

19日の0時にこの漫画を読んだけど、読んだせいで全然寝れなくて困った。会社を半休してしまった。元々は休日なのにカレンダーを変えた国が悪い。朝に読んだ人が正解。

藤本タツキ、時代。

集英社は早く藤本タツキ先生の短編集を単行本にして出せよ!!!

 

終わり。