社会の独房から

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映画『最後の決闘裁判』感想。

中世ヨーロッパとかいう世界観だけはカッコイイのに知れば知るほど「住みたくね~」ってなる時代、概念。

異世界転生しても現代がいい。

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公開日: 2021年10月15日 監督 リドリー・スコット

本作は、史実としていまだに真相不明なフランス最後の決闘裁判を、事件を告発した被害者、被害者の夫、訴えられた容疑者の3人の視点で描く。黒澤明監督の「羅生門」から影響を受けたデイモンとアフレックが、アカデミー賞脚本賞を受賞した「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」以来24年ぶりに脚本でタッグを組んだ。

 中世フランス──騎士の妻マルグリットが、夫の旧友に乱暴されたと訴えるが、彼は無実を主張し、目撃者もいない。​真実の行方は、夫と被告による生死を賭けた“決闘裁判”に委ねられる。それは、神による絶対的な裁き── 勝者は正義と栄光を手に入れ、敗者はたとえ決闘で命拾いしても罪人として死罪になる。そして、もしも夫が負ければ、マルグリットまでもが偽証の罪で火あぶりの刑を受けるのだ。 果たして、裁かれるべきは誰なのか?あなたが、 この裁判の証人となる。

第1章:ジャン・ド・カルージュの事実(マット・デイモン視点)

ガサツだけど正義感が強く頑固者。そして馬鹿。妻を凌辱され、復讐の為に立ち上がるという王道主人公。

ジャン自身は滅茶苦茶強いのに仲間たちが情けないせいで戦には負けるし、ようやく結婚して美しい妻と豊かな土地をゲットしたと思ったら、領主であるピエール伯爵(ベン・アフレック)から理不尽に嫌われているせいで、その土地を奪われ、直訴するも無視されてしまう。
その上、父から相続されると思っていた役職まで、命を助けた親友のル・グリに持って行かれてしまい、愛しの妻までそのル・グリに凌辱されてしまった……何もかも取られてしまったのだ。

 

しかし、ジャンは騎士道精神を失わず、妻の言葉を信じ、名誉と妻のために、ル・グリと結託しているピエールではなく国王に己の命を懸けた決闘裁判を直訴する事を決意。


まさしく主人公!!!!!

少年漫画の主人公になったら「敵が明示する根本的な社会問題を解決する策もビジョンも全くないが、目の前で泣いているヒロインの為にも敵をぶっ飛ばす」タイプ。

 

第2章:ジャック・ル・グリの事実(アダム・ドライバー視点)

熱血漢なジャンとは違い冷静沈着なル・グリ。星馬烈と星馬豪みたいな関係性をマット・デイモンアダム・ドライバーの顔でやるのだ。

ル・グリ視点ではジャン視点と同じ歴史、同じ物語、同じ事実を当事者によって世界が全然違うことが分かる。記憶を自分の都合よく改ざんし、捻じ曲げられてることが沢山あるという事実を描かれている。
 黒澤明の映画『羅生門』では、ひとつの事件を視点を変えて描く手法で、「ラショーモン・アプローチ」と呼ばれおり、本作もそれだ。

例えば、冒頭。

ジャン視点では、罪のない住民を殺そうとする敵を倒す為に名誉ある突撃だが、ル・グリ視点では、敵の策にハマった無謀な突進のシーンになる。

ル・グリ視点でよく分かるのがピエール伯爵(ベン・アフレック)のクソさだろう。

アダムドライバーを侍らせながら権力に酔い、金と酒と女に溺れマットデイモンを馬鹿にする放蕩貴族ベンアフレックが滅茶苦茶似合っている。アダムドライバーとマットデイモンが逆でも良かったが、生々し過ぎるからね。

"死んだ目俳優"ベン・アフレックと呼ばれるだけあって、人の心がない役が本当にいい。

 

それにしてもル・グリは友達想いだし、頭もいいし、上に気に入られる器用さもある。何より顔もいい。ピエールとの付き合いで女遊びはするけど基本的にいい奴だな。これでジャンの妻襲ったとか実は誰かを庇っているとか事情があるのでは!?と思いきや普通に愛(性欲)に急に勝てなくなって襲うシーンはドン引きである。何ならル・グリ視点では襲われてるマルグリットが少し喘いでいる描写があり、「これが気持ちええんやろ?ん?キミもスケベやなぁ」と言いそうな変態糞親父になってしまった(事実は泣き叫んでいる)

 

甲冑着込みでの合戦シーンで殴り刺し殺す描写など、戦闘シーンだけでも面白いのは面白いのだが、このまま二人が決闘して終わるの何だか物足りないな……と思っていたところで本番である最後の第3章、ジャンの妻であり被害者の物語において、今まで抜け落ちていた視点、今作の真骨頂が明らかになる。

第3章:マルグリット・ド・カルージュ(ジョディ・カマー視点)

ジャンは子孫を残すことしか興味がなく、マルグリットにはプレッシャーとストレスが常にあったことが描かれ、飼っている馬と同じで自由に外に出る事すらできない(ジャン視点でマルグリットの気持ちを慮るシーンがまずなかったなと

ジャンは自分の視点の時こそ忠義に厚く正義感の塊のように見えたが、視点を変える毎にベールが剥がれ、戦いで少し強いだけで、自己中で見栄っ張りの世渡り下手で土地を守る主人としては自分が有能だと思っているだけの無能とドンドン格が下がっていく。

ル・グリはル・グリで、マグリットが自分に興味あると思っていた事柄全て妄想という阿保野郎。

 

そしてレイプを告発することとなった彼女の視点から、レイプ被害者に厳しい世相の姿がヒシヒシと伝わってくる。被害者の心の傷に塩をぬるような裁判での質問の数々。今では考えられない科学。中々妊娠しなかったマルグリットが丁度妊娠したものだから「ル・グリに襲われたと言いながら実はただの不倫。夫とは妊娠しなかったのに今妊娠したのはお前が気持ち良くなっていたから。絶頂=妊娠は科学で証明されている」と問われたり、中世ヨーロッパ最悪~となったけど、そういえば昭和から平成初期の作品観ると不妊で悩んでいる夫妻に「奥さんが満足してないからじゃないか。一回わしがやったろかw」みたいな最悪なおっさん出てきたし、中世ヨーロッパから現代も何も変わっていない。

 

マルグリットは友達だと思っていた親友に裏切られ、敵にまわる同性たち。劇中ではレイプされても「泣き寝入りするのが当たり前」というような台詞が出てくるが、こういう世界ではそうもなるわと納得してしまうし、だからこそ立ち上がり「私は黙らない。真実を言う」マルグリットに感情移入してしまう。

 

そして始まる決闘裁判だが、これも別にマルグリットが望んだモノではなく、ジャンとル・グリの意地の張り合いにおけるトロフィーでしかない。

完全に「勝手に戦え」状態だが、ジャンが負ければマルグリットも火炙りの刑という重い罪に(しかもマルグリット自身はそれを知らなかったという。ジャンじゃなくても決闘裁判に反対するママとかが言っておけよ問題である。決闘裁判が古く誰も利用してなかったシステムなので知っている人が全然いなかったのかもしれないが

 

ラスト10分ほどの決闘裁判が手に汗握って滅茶苦茶面白い。

観客はジャンにもル・グリにも感情移入できず、マルグリットが主人公だと思っているので、『はじめの一歩』の名試合でたまにあるどちらが勝つか分からない脇役同士の試合って感じの名勝負である。両者一歩も引かず、血みどろになりながら粘り強く殺しあう泥臭い戦うのだが、途中でジャンの脚が怪我をし「これで奴は出血死だ」みたいな台詞があるので名探偵である僕はピーンと来て「これはジャンが試合に勝つけど、ジャン自身も出血多量で死んでしまい、マルグリットの独り勝ちだな」と思ってたけど、普通にジャンが勝つ。こいつ……無敵か……?

それでもこの戦いは2時間も超える積み重ねがあったからこそだと思うので、上映時間長いのも納得。

 

マルグリットからしたらジャンが勝って自分が死なずに安心はしただろうけど、全然幸せそうな表情ではなかったのが印象的。決闘に勝ってもマルグリットは何も変わらない。失ったモノは戻ってこない。自由はない。

だからこそ最後のシーンが本当に心に響く。

 

最後に一言。

 

リドリー・スコット監督、83歳で過去最高レベルの作品生み出せるって何。