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アニメ映画『永遠の831』感想。神山健治監督作品なのに全然話題になってないのも納得

アニメじゃなくて実写の方が向いてそう。

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【監督:脚本】 神山 健治 【音楽】椎名豪 【アニメーション制作】 CRAFTAR

 

あらすじ

”未曾有の大災厄”により世界中が混迷を極める現代。

東京で新聞奨学生として暮らす青年・スズシロウは、誰にも言えない秘密を抱えていた。
高校三年の夏に起こったある事件をきっかけとして、
自分の意志とは無関係に周囲の時間を止められるようになってしまったのだ。

そんなある日、スズシロウは初めてその秘密を分かち合える相手と出会う。
自分と同じく、心に傷を負い、時間が止められるようになってしまった少女・なずな。

彼女が兄の芹によって犯罪に利用されていることを知ったスズシロウは、衝動的に手を差し伸べる。

「……君、ここから一緒に逃げよう!」

止まってしまった時間を、二人は再び動かすことができるのか。(公式HPより)

 

概要

WOWOWオンデマンドで先行配信していた神山健治監督・脚本による最新作・WOWOW開局30周年記念長編アニメ『永遠の831』

神山健治監督の初のオリジナル映画作品だった『ひるね姫 〜知らないワタシの物語〜』が興行収入5億円程度と振るわなかったのもあるし、WOWOWで先行配信していたのもあるし、上映している劇場がそもそも少ないのもあるが、『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』や『東のエデン』などのアニメーション作品を手がけた神山健治監督の最新作がここまで話題になってないのが凄い!と僕の中で密かに話題になっていた『永遠の831』

実際に観てみるとここまで話題にならないのも納得してしまう『永遠の831』

ここからはネタバレありで書いていくよ。

 

永遠の8月31日

神山健治監督といえば、政治的・社会的な情勢についてアニメというエンターテインメントの中に巧みに落とし込んだり、落とし込めなかったりしてきたのが特徴だ。

 

『永遠の831』でもそれは同様。

本作では作品の背景として“未曾有の大災厄”というものが出てくるが、”失われた20年”もしくは30年と呼ばれたりする近年の日本という国が経験した東日本大震災からの復興政策とその後の消費税増税の話やコロナ禍における政治判断の事やそれを享受するだけの国民を批判する内容になっている。

他に、自殺に見せかけた有力者の殺人。株価の操作。株価だけ上がって景気回復というマスコミ等々。神山健治監督がモノ申したい話題が上っ面だけ描かれる。

”未曾有の大災厄”で学校が一斉休校したりするが、具体的に”未曾有の大災厄”が何を指すのか説明はない。各々で感じるセルフ形式。

 

半グレ集団である831戦線のリーダー阿川が「時が止まっている」と批判する現状の政治体制だが、デイトレードオレオレ詐欺特殊詐欺)で金を稼ぐ彼らはそんな政治状況だからこそ稼げるわけだし、口では大層な事を言っていても結局はただの個人的な復讐と自己利益にしか見えない。

 

神山健治監督が本作を企画した着想の一つにドキュメンタリーで若者が特殊詐欺は悪い事だと知っていながらも、止まっているお金(老人のタンス預金など)を動かしているだけだって話を聞いて、「それが今の若者が社会に感じていることなんだなぁ~」と思ったのがきっかけらしいけど、

そんな若者ほんの一部だから!!!!!!一般性ないよ!!!

企画段階からズレを感じてしまう。

 

また、タイトルの『永遠の831』とは野菜のことではなく、夏休み最後の日のこと。

入場者特典でタイトルに込めた想いについて神山監督はこう言う。

 

誰が見ても日本の経済が止まっていることが顕在化している中で、それでも尚、前に進めない日本の状況を、「時間が止まってしまう」能力を持った主人公の心理状態を通して何かうまい言葉で表せないかなと思っていて。そんな時にドキュメンタリーを見ていて「夏休みの宿題が終わっていない」という焦りがある中で「でも明日学校が始まっちゃうんだよ。ずっと8月31日でいたい」っていう。それがただの8月31日じゃなくて、宿題も終わっていないという、なんとも言えない気持ちのまま、8月31日を迎えていて。それがずっと続くという、ものすごく嫌な気分と、ある種の快楽が両方存在しているという。だからこそ前に進めるのかもしれない。

作中で主人公のスズシロウは

「あなたは誰と戦っているんですか?」と問い、半グレのリーダーは応える。

「この国の時間を止めたまま、先に行くつもりがない者たち。(中略)だが、俺たちが本当に対峙すべきは生存権すら無効とする過酷な搾取構造を作った敗戦国という立場であり、我々が主権国家に暮らしているという事を徹底的に忘れさせる洗脳教育であり、正常な思考を奪う報道機関であり、貿易協定に託けた植民地主義であり、その上に作られた全体主義を喜んで受け入れている夏休みの最終日を永遠に続けている無責任な連中なんだ」

 

これの問答といい、終盤の怒涛のナレーションといい、アニメなのに観ていて面白くない映像が続く中で、ドッチボールのような会話だけはずっと続く。兎に角、神山健治監督のクセが強い。

 

止まっていた時間を動かしたのは誰?

「止まっていた時間を動かしたのは誰?」というのは本作のキャッチコピーだが、これを考えていきたい。

主人公のスズシロウは正義感が強く、高校時代に同級生が生徒会予算の使い込んだ事を告発したら、犯人とその彼女から逆切れされ、その上で犯人の同級生が自殺したことから世間でスズシロウが批判され、その結果、父親が自殺したという胸糞悪い背景事情があり、スズシロウは新しい一歩を踏み出せずにいる。時が止まっているのだ。*1

 

そんな状況の中で、過去に殺されかけたトラウマを持ったのをきっかけにスズシロウと同じく時間を止める能力を持つ少女、なずなと出会う。

彼女と出会い、彼女の兄との出会いを通して、スズシロウはもう一度自分の過去と向き合い、自分のトラウマを他人とシェアしコミュニケーションをとることで、正しく傷つき、怒ることができた。

様々な他者たちの力を借りながら、自分の傷を見つめ、傷ついている自分をケアできるようになったのだ。

そして、半グレ集団と関わっていく中で、彼らの「問題を先送りにした者たちは、自分たちの責任を果たすべきだ」という犯行声明と、今まで興味がなかった政治情勢を否が応でも知っていき、目線が内ではなく、社会に向いていくことになる。

 

そして何よりも結局、世の中は何も変わらないし、何も解決してないけど、なずなという可愛いJKの彼女が出来た事により、スズシロウは止まっていた時間が動き出すのであった。

 

いや、その着地の仕方どうなん!?

壮大な話の割にはあまりにも陳腐な終わり方である。

 

アニメーションってリアルな展開よりもフィクションの躍動というか、後半での怒涛のような夢のある展開が欲しいと僕は思う。話の展開がぶっ飛び過ぎみたいな批難もあるが、本作みたいに「アニメでやる必要あるか?」という物語とアクションと演出を観ていると、う~~~んとなる。WOWOW開局30周年記念作品だが、WOWOWなので低予算なのは容易に想像できるが。

あと、「新聞代が10年も未払いの人間」とか新聞配達するのやめろよ。 

 

モーションキャプチャー

アニメーション制作はCRAFTARが手掛けている。

www.craftar.co.jp

しかし、出来は良くない。

2022年になるのにモーションキャプチャー3Dアニメーションで自然に人が歩いていない。予算がない関係なのか、日本の3Dアニメーションって本当にこう中々進歩しない。

2019年の『ハローワールド』とか結構良かったのに。

www.shachikudayo.com

ただ、童貞を殺す服を毎日着ている新聞配達会社の社長だけは良かった。ここだけでもこの作品は価値あるよ。

 

 

*1:スズシロウは何一つ悪くないのに、「正義厨」と「正義に酔ってる」みたいな意味不明な怒られ方に観ていてイライラしてしまう。