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【ネタバレ】映画『THE FIRST SLAM DUNK』感想。スラムダンクの映画としてこれ以上ない大傑作

僕にとってスラムダンクのTVアニメ版は友達もいなくてインドアだったので夏休みに流れていた再放送を∞に見ていたぐらいの思い出しかない。やたら長いコートと、バッシュのキュッキュッ音が印象的だったのは覚えている。しかし、映画の方は印象深い。

スラムダンクの映画といえば東映アニメフェア。観客の目的は7割ぐらいメインのドラゴンボール映画の中で、「ごめんなさい、桜木君。あたしバスケットボール部の小田くんが好きなの」で有名な小田くんと練習試合したり、アメリカ帰りのハーフでNBAにも注目されるほどだけど「牧に比べたらなんでもない」マイケル沖田と練習試合したり、医者から「もうバスケ出来ない」と宣告された激重中学生と練習試合したり、映画オリジナル脚本特有の練習試合しまくっている。

僕たちの魂に刻み込まれた映画はスラムダンクのアニメの終了に伴い1995年公開の『吠えろバスケットマン魂!! 花道と流川の熱き夏』で終了してしまった。

そんな中でまさかの令和になって、2022年になって、原作者の井上雄彦が監督・脚本を務めるスラムダンク映画『THE FIRST SLAM DUNK』である。正直、先に『バガボンド』最後まで書けよと思わなくはないけど、動く桜木達を見れるのは嬉しい気持ち。心がふたつある〜。

 

しかし、この『THE FIRST SLAM DUNK』は公開前から炎上&前評判が散々になってしまう。

理由の1つはTVアニメ版から声優が総入れ替えとなったことを前売り販売後に発表したことで詐欺だと言われたり

1つは制作スタッフが原作を知らないことを公言するインタビューを公式サイト*1に掲載したことで炎上し(これはTwitter特有のインタビュー記事切り抜きも酷い)

1つはプロデューサーが実写版デビルマンポッピンQと同じ人を理由に馬鹿にされ

1つは手書きではなくCGアニメなのが「ショボい」と揶揄されたり

1つは湘北以外のキャラ、内容は伏せたままというプロモーションの不安さをぶつけられたりした。

しかも、直前に『ONE PIECE FILM RED』の尾田先生と 谷口監督の対談副音声で尾田先生が昔、谷口監督に「アニメ映画監督をやってみたい」と相談したら「漫画家とアニメ監督は必要とする経験や技量が違い過ぎて無理」と言われて監督はやめたというやり取りを聞いた後の「監督/井上雄彦」の辛さ。

しかもしかも、今の流行や安全牌って『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』の映画版みたいに原作を完全に超クオリティで再現することで、オリジナル脚本だと大ヒットした『ONE PIECE FILM RED』でも「解釈違い」「ウタのごり押し」みたいに叩かれて評価自体は賛否がどうしても入り混じる。井上雄彦先生は性格的にも絶対に原作をそのままなぞらないと確信していたので、何がどうあっても荒れると思っていた。

 

 

ネットって往々にしていじめっ子体質で、イジメられる「理由」があると知ると見ていて怖くなるぐらい叩いたり馬鹿にしたりおもちゃにする。Twitterだとそこに承認欲求も+される。

去年のワニ騒動も酷かった。

www.shachikudayo.com

 

公開日の朝1で観た人がTwitterでこの映画がどれだけヤバいかの箇条書きTwitter構文でバズり、複数人の箇条書きTwitter構文をまとめて更に箇条書きTwitter構文を書いてバズる。箇条書きTwitter構文の永久機関が完成してしまった訳だ。

 

スラムダンク、令和(?)のワニ騒動になるか~~と勝手に心配したまま、映画公開日を迎えた訳だけど、

これがもう最高でしたね。

Twitterなど見ても前評判を覆す好評ぶりを感じる。当たり前だけど、ワニの時とは違うパワーがある。ここからはネタバレありで感想を書いていきたい。

 

 

 

原作のスラムダンクがそもそも大傑作過ぎる

本作は宮城リョータを主人公にして再構成した山王戦。

うすうす山王戦だろうなとは思ってたけど、手書きによる湘北メンバーが一人一人歩きながら色付いた後に、山王のメンバーが出てくるシーンでうぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!と興奮してしまった。事前に山王戦だと告知されていたら味わえなかった興奮だから、この時点で広報は世間では無能でも僕の中で有能扱いである。

 

山王戦自体が漫画史に残る大傑作エピソードなので、僕自身何十回も見直しているのに見直すたびに途中で止めることが出来ずに最後まで読んでしまって休日を潰すということを経験している。そんな山王戦を映像化するの、正直な話、そりゃ前評判がどれだけ悪くても好評になるわという気すらしてくる。

しかし、山王戦は名シーンばかり故に映画にするなら尺的に削らなきゃいけない箇所はどうしても出てくる。どのシーンが好きかで「そこは削るなよ…」と思う箇所は人によって違ってくる。そこで怒る人もいるだろう、名シーンばかり故に。それでも、井上先生より僕らの脳内スラムダンク山王戦を映像化したほうがいい物作れるみたいなおごりは絶対に持たないように注意したい。

 

僕も深津を解説するオジサンが好きだったのにカットは悲しい。

(C)SLAM DUNK 

 

恐らく深津を解説するオジサンも小さい頃はバスケ選手を目指しただろうし、そのための努力も沢山したのだろう。それでも果たす事が出来なかった夢。それを若い子に重ねる。でも、時々それでいいのかと自問自答する事がある。虚しくなる時がある。それでも後方彼氏面しながら深津を解説するオジサンが何も持ってない僕には好感が持てて好きだったが、映画ではカットである。

 

また同じぐらい好きな魚住のシーンもカットである。

魚住「あんなにかっこ悪い赤木は初めて見るな…」
魚住「お前は鰈だ…泥に塗れろよ」
魚住「向かっていけ!!そのでかい体は…そのためにあるんだ!」
魚住「ようし!外れてもお前の勝ちだ!」
魚住「シシューっ!」
この辺の名シーンも何もない。包丁をもってコートに乱入しないので魚住に前科もつかない。良かったね。ちなみに観客席には魚住っぽい人影はある。

 

 

様々なシーンがカットされながらも、大傑作である山王戦は何一つ色褪せない。

我々は湘北が勝つのを知っているのに固唾をのんで試合を見守るし、「もしかしたら今回は山王が勝つのでは?」と不安にもなる。終盤の無音になるシーンで桜木花道が「左手は添えるだけ」と言うシーン、これも映画では聞こえないハズなのに頭の中では確かに声が響いたし、同じ声が劇場にいる殆どの人にも聞こえたんだろなぁという不思議な一体感を感じられて、これってこの先どれだけ映画観ても体験出来そうにない唯一無二な経験を味わいながら、桜木と流川のタッチに歓声をあげる。

最高である。

 

また、本作最大の魅力は「原作がそのまま動くバスケシーン」なのは間違いない。井上雄彦先生のインタビューでもそのこだわりがよく分かる。

自分がそもそもこの映画をどう捉えているかというと、誇張した表現をバスケのプレイとかでもあまり使いたくないというか、ナチュラルな感じにしたくて。

 


予告では不安しかなった3DCGも本編では開始5分程度で慣れるどころか、バスケのシーンとの相性の良さに驚く。動きがリアルだし、コートが長すぎると思う事もないし、床もゴールネットもユニフォームも、全てが細部に至るまでリアル。重心の移動や、ボールをパスする時の指先まで、プレイヤーの行動1つ1つに台詞がなくても意図や声が聞こえる。

リアルなバスケ。その臨場感。

更にそこに井上雄彦先生の描いた絵がそのまんま動いていた。紙に描いたようなザラっとした質感も感じられながら、表情豊かなキャラクターが活き活きとスクリーンで動く。実写でのバスケ鑑賞よりバスケを感じられる、そんな不思議な感覚はバスケ描写として最高峰だと思う。

そしてテンポを止める細かなギャグ描写なくしたのも大英断だと思う。まじでアニメや映画で漫画のギャグ入れられても笑った事がほぼない……。

 

徹底したバスケ描写を、ただでさえ大傑作の山王戦でしてくれるんだから、そりゃ文句ない。超大傑作である。

 

 

そして本作の主人公である宮城リョータ

山王戦と同時に過去の回想が語られる宮城リョータという人物の、個人の物語。

リョータは沖縄で生まれで、リョータの兄はバスケがうまくリョータと1on1をしてリョータの目標的な存在だった。しかしこの兄は海難事故で死亡してしまう。突然に兄を失った事に対するリョータ含めた喪失した後の宮城家を描く。

この過去エピソードを今になっての後付けという批判もみるけど、井上雄彦先生の読み切り『ピアス』の設定のほぼまんまなので後付けではない。ちなみに今から『ピアス』を読む手段はグリードアイランドを入手するぐらい難しい。(2022年12月15日追記、re:SOURCEに『ピアス』が初収録された。井上先生のロングインタビューなどもあるので要チェックや!)

 

 

井上雄彦先生は2年生をもっと活躍させたかったと前々から言ってたけど、そのリベンジも込めているのが本作だろう。元々は山王戦で一番影が薄かった宮城リョータを主人公にするという荒業。その成果もあって、リョータの母親が会場に来た所での「ドリブルこそがチビの生きる道なんだよ!」で沢北と深津抜き去るシーン、BGMと相まってテンションのブチ上がりは最高である。

 

母親も完璧ではない。とくに子供を失った喪失感から選択を間違えてしまうこともある。しかし、死んだ子供を思い出してしまうからバスケの応援までは出来なくても、宮城リョータのやりたい事を止めずにやらせてあげる。

インターハイ前夜に母宛ての手紙に「生きているのが俺ですみません」と書きかけて、筆を止めて手紙を握りつぶす描写。エグイなと思ったけど、ずっと宮城リョータは悩んで苦しんでいた訳で。お兄ちゃんが夢見た舞台に、打倒山王戦に、お兄ちゃんではなく宮城リョータとして立てたこと、その勇姿を母親が見ていたところに、救済があればなという祈り。

気持ちはバラバラになってしまったいた宮城家だけど、兄との唯一のつながりであるバスケを通して関係が少しだけ前進する。その少しの前進をここまで贅沢に描いていて感無量である。

 

宮城リョータは沢北の事を「バスケだけを考えて生きてきた人」と評するけど、そうじゃない、それが出来なかった環境の宮城リョータが、ハートのドキドキを、気持ちを表面に出さない術を家庭環境で、人生で学んだ強みを活かしながら山王戦で活躍するのも良い。

あまりにも過去の回想が挟まれるのでテンポが悪くなっているのは否定しない。特に後半はもう少し回想少なめでよかった。

宮城リョータはラストで海外に行くの、「湘北のキャプテンどうするの!?」と言っている人いるけど、何年後とか書いてないから普通に卒業後じゃないかな……。

 

そして本作で一番株上げたの宮城リョータじゃなくて沢北。
高みに行く為に足りない物をくださいってお祈りする所も、自分に足りなかった敗北の悔しさを実感して泣く所も、天才キャラだけど凄い親近感が与えられたと思う。原作だと辛い表情のまま終わってしまったから救いがあったのも有難い。

 

 

 

最後に

井上雄彦先生がインタビューで、「テレビアニメ版の声優の方々はプロフェッショナルにキャラクターと向き合い、キャラクターを育ててこられた。その方々にまたお願いすると、かつて育ててきたキャラクターを一旦捨ててもらわなきゃいけなくなるかもしれない。それは出来ない。」と言っていて、映画を観ると確かにTVアニメ版とは全くの別物なのでその判断は正しかったと思う。

 

そしてタイトルの『THE FIRST』の意味。

これって映画の1作目という意味で、これから赤木、三井、流川、桜木が主人公でそれぞれ山王戦やるんじゃねという意味でもなくて、

おそらくこの『THE FIRST』は宮城リョータのポジションであるポイントガードが1番って意味と、ナンバーワンガードだから『THE FIRST』ってことだと思う。もしくはスラムダンク読者でも初見のような感覚で見れるとかそういう意味。

これ以上の山王戦を映像化は当分なさそう。素直に原作を読もう。というか改めて山王戦の面白さに気づいたので僕は映画見終わった後に実家に帰って一晩中読んでしまった。電子書籍化本当にお願いします。

 

 

 

*1:

COURT SIDE | 映画『THE FIRST SLAM DUNK』「COURT SIDE」の13回目