"お前の願いを3つ叶えよう…"
小瓶から現れた魔人ジンはそう言う。
しかし、物語論の専門家であるアリシアは願いごとにまつわる物語はどれも教訓話であって危険だと知っていた。そもそも孤独を愛し、今の自分に満足しているアリシアに叶えて欲しい願い事などなかったのである。
アリシアの気持ちを変えようとするジンは三千年にも渡る自分自身の物語を語り出していく……
本作は物語にまつわるお話になっている。
序盤のシーンで、アリシアは「神話や物語はやがて役目を終えて、テクノロジーに取って代わられる」と語る。確かに神話や物語は、人類が自然現象を説明するために作られた側面もあるが、それらは科学技術が発展し、多くの謎が解明されるにつれ、その役目を終えることになった。今後も科学技術は進歩し続け、多くの謎が解明されると物語の力は弱まるかもしれない。
また、物語は人々が自分自身や周りの人々、社会、そして世界を理解、共感するための手段であったり、社会や文化の歴史を伝えるための手段でもある。
それらの役割もテクノロジーの発達によって不必要になるのかもしれない。
ならば「物語」は必要ないのか?いや、そうではないとジョージ・ミラー監督は物語の力はまだあるよと、物語にできることはまだあるよと語りかけるような映画になっていると思う。
ただやっぱ映画として出来は良くないと思うし、何より最後の展開は嫌い。
こういう映画を面白くないって言うと「お前のようなレベルではこの作品の良さは分からないか」ってマウントしてくる人が出てくるので嫌なんだけど、面白くなかった。
僕はこの映画に一方的に期待していたのって、小瓶から出てきた以上は相手の願いを3つ叶えなければならない魔人ジンと物語の専門家で孤独を愛し今の自分に満足し、願いは別にないアリシアの笑いと緊張感あるやり取り&駆け引きだったのだが、物足りない。
基本的にジンが自分の過去を語る。ジンの語りは全部で4つ、 シバ女王とのエピソードから始まり、オスマントルコの全盛期のスレイマン大帝時代のエピソード、そしてムラト4世時代のエピソード。
しかし、オスマントルコの全盛期の話なんて長い割に後半のアリシアとジンとの関係性に殆ど影響しておらず、かといって話単体で滅茶苦茶面白いものでもない。デブを一杯出したかっただけでは!?と思ってしまう(歴史好きにはたまらないかもしれないが)
そしてその物語を全部語り終えた後、ここからどう展開するのかドキドキしながら観ているとアリシアはジンに愛を与え、与えられる関係になることを願う。
ええ~~~~~~~!?唐突過ぎない!?
静寂の映画館で心が離れる音が聞こえた。
僕は字幕で見ていたので細かな機微を取りこぼしている可能性は大いになるが、それにしたって何で!?ってなる。
新海誠作品の批評で「どうして二人が好きになったのか分からない」は必ずあるが、高校生のカップルなんてそんなものだと思う。しかし、本作はさっきまで願いごとにまつわる物語はどれも教訓話であって危険だと語っていたアシリアがその危険性を急に忘れて愛を求めるのである。何で!?ってなる。何より孤独を愛し今の自分に満足し、願いは別にないアリシアが求めた「願い」ってそれか~~~~ってなる。
僕は孤独だし、このまま孤独のまま生きて死んでいくだけなのだが、彼女のような聡明な人間でも「愛への渇望」があり、偶には愛したり愛されたりする関係を築きたいと願っていると思うと絶望を感じてしまう。ジョージ・ミラー監督みたいに76歳ぐらいになれば「やっぱり愛だよね」って悟りを開くのかもしれんけど僕は孤独を信じている。
僕は詳しくないので真偽は分からないが、上野千鶴子氏の結婚が最近話題になっている。彼女の報道に裏切られたと思う人ってこういう感覚になるのかもしれない。知らんけど。
他にイマイチな所
ホテルでの語り合いが終わった後の駆け足感。
本作は上映時間が108分と比較的短いが、前半のホテルのシーンが8割ぐらいある。衝撃の願いを聞いた後にここからどう展開していくのか?と観ている内にあれよあれよとエンディングという感じ。
ジンがロンドンで弱ってしまう理由も分からないし、ジン以上にインパクトが強いババァ2人組の必要性も分からないし、手荷物検査の悶着は何だったのか。何がやりたいのかよく分からない内に終わってしまった感じである。
最後に
アリシアが子供時代イマジナリーフレンドを持っていた思い出を語る。
そういう意味では冒頭で「物語は終わり」と語るアリシアを邪魔する謎の人もアリシアの空想上の存在ではないか。「物語は終わり」と本音では思っていない彼女を止めようと空想の人。
そうならば、ジンもアリシアが創り出したイマジナリーフレンドなのかもしれない。であればあのボールを蹴り返す最後のシーンはなんだったのか?という話になるが、それは知らん。もしかしたら脳ミソに物理的に住んでいるもう一人の存在かもしれない。こわっ……。