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【ネタバレ】『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』感想。人が望むユートピア像って時代と共に変わるのか

懐古オタクなので冒頭でのび太くんの「ドラえもーーーーーーん!!!」からの「夢をかなえてドラえもん」が流れない寂しさに今でも勝てない。

誰もが完璧になれるという不思議な島を発見したドラえもんとのび太たち。そこで、完璧なネコ型ロボットのソーニャに遭遇した彼らは、やがて島に隠された秘密を知ることとなる。

 

映画第1作目が公開された1980年から42作目を迎える『映画ドラえもん』シリーズ。完全オリジナル作品となるタイトルは『映画ドラえもん のび太と空の理想郷(ユートピア)』

オタクは「ユートピア実はディストピア」という刷り込み教育を子供の頃から受けているし、ユートピアがユートピアのままで終わった作品を僕は知らない。僕はよくゾンビ映画を観るが、ゾンビ映画に出てくる「ユートピア」は大体人間狩りをするための罠だったり、罠じゃなくても主人公たちが来たせいで崩壊してしまう作品ばかりである。特例があるとすれば物語のラストで辿り着くことが出来た場合だけだろう(続編があれば崩壊する

『映画ドラえもん のび太と空の理想郷』もタイトルに理想郷と書いてユートピアと呼ばせているので「あぁ……」と多くのオタクが勘づいたと思う。そう、その直感は正しい。

 

冒頭で「争いも飢えることもない、誰もが幸せに暮らせる国」の都市伝説を聞いたのび太くんはドラえもんが用意したひみつ道具と共にジャイアン達と冒険に出かける。

そしてなんやらかんやらあって、天国のような楽園「パラダビア」に辿り着くのだが…。

まずこの楽園「パラダビア」のユートピア描写に一言いいたい。

常々のび太くんって0.93秒で眠りにつく技能と、驚異的な命中精度と早撃ちの技術の射撃能力と、あやとり技術と、ピーナッツの投げ食いと、その勇気と友達想いと優しさと機転が利く所以外は僕みたいだなと親近感を抱いていたのだが、本作、のび太くんは楽園「パラダビア」で船乗って魚とっているおっさんや農業しているおっさん、陶芸しているおっさんを見て「わーここがぼくの理想郷だ~!」って言い出すの

 

どこが理想郷!?ってなる。ただの社会やん……

 

遊んでるんじゃなくて、普通に労働している環境を見て目をキラキラさせるのび太くんなんて見たくなかった。23時ぐらいまで働く社畜が日の入りと共に仕事をやめる職場を見て「ここがユートピアだぁ」と涙するのは分かるけど。子供も学校があって体育しながら数学したりして勉強するの……どこがユートピア……。

今までの理想郷って「仕事や勉強しなくても食べ放題で遊び放題何もかも自由」のイメージだったけど、本作では「自分をパーフェクトで優秀にさせてくれる場所」こそが理想郷となっている。これが時代なのかもしれない。物質的豊かさではなく承認欲求を求める時代を感じる。僕がのび太くん(2023)に親近感抱くには歳の差が開き過ぎた……。

 

 

今回の黒幕の思想が「洗脳光線当てて心奪ったら憎しみや争いを生まないからユートピア!」だった。「パーフェクトにさせる」の意味は「教祖様の指示通りに動くあやつり人形にさせる」ことだったのだ。

それは、まるでカルト宗教。

楽園「パラダビア」の描写も明らかにそうである。世間から隔離された空間、統一された制服、決められた生活時間、ニュース番組で見る「カルト宗教団体」そのまんまである。

前作の『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』の内容がロシアのウクライナ侵攻のタイミングと重なってしまったように

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今年も「統一教会」などカルト宗教の話題と重なってしまった。これは、しずかちゃんの言葉を借りるなら「運命」なのかもしれない(この言葉もカルトっぽい

 

洗脳光線当てられて徐々にジャイアンとかスネ夫とかしずかちゃんの性格が優しく優等生になっていく中、劣等生であるのび太くんは中々変化しない。

22世紀の超技術でも良くならないのび太くんの異常性。

終盤ではパワーアップしたネオ洗脳光線を全身に照射され続けて一瞬我を失うけど、それでもドラえもんの言葉で自力で我に返るその力。今回、出木杉君から理想郷の話を聞いたのび太くんがその後すぐ偶然に楽園「パラダビア」を見てしまったことから物語が始まったり、虫にされたドラえもんをのび太が運よく見つけたり*1、完全にあの世界の”特異点”になっていると思うのび太くん。

 

冗談はここまでにして、今回の黒幕は実はのび太くんと同じように劣等性でそれが原因で虐められ絶望した経緯をもつことが終盤に判明する。

故に人をパーフェクトにさせることに固執してしまう。

完璧ではないのび太くんと完璧を求める黒幕の対比。それが本作のテーマなのだろう。

 このテーマで藤子・F・不二雄先生の有名な発言がある。

 

のび太というのはいろいろ欠点だらけで、人間であるがゆえの弱点、欲望をさまざまに引きずっていて、ヒーローにはもちろん、いいコにもなかなかなりきれない。で、世間に対して、常に何か劣等感があって、自分はダメ人間だなんて思っている。だからといって、そこですねて、ふてくされて何もかもほっぽり出してしまうようなこともない。漠然とではあるけれども、もう少し勉強ができたらいいとか、もっと体を鍛えなくちゃとか、思うわけです。ただ、そのためには本来、地道な努力が必要なんですが、ついつい近道して、安易にドラえもんの道具に頼ってしまうのが玉にキズなんですね(笑)

いわゆるのび太的な要素というのは、誰の中にもあります。それが濃厚な純のび太であるか、半分のび太であるか、かすかにのび太チックであるか、その程度の差こそあれ、誰もが持っている要素だと思うんです。だからこそ、みんな、今の自分よりも少しはましになりたい、もっと向上したいと思う。でも、毎日、同じ反省を繰り返しながら、足踏みをしている。結局のところ、それが人間というものなんじゃないかと思うんです。
(小学館「デニム」1992年8月号(創刊号))

 

のび太くんはダメな所が沢山ある少年である。

でも、だからといって何もかも放り投げるのではなく、時には調子乗って失敗することもあるけど、それでも、進んでいく。そんな等身大の少年なのである。

等身大の少年がそのまま成長していくことを否定しない社会が何よりも大切なのではないか?そんなメッセージを本作は問い続ける。

 

「全体主義的な統一」に対する「良い側面だけでなく、悪い側面含んだ人それぞれの多様性の大事さ」のメッセージ。あまりにも言葉で説明し過ぎだろ!とは思うけど、まぁ対象年齢考えると変にカッコつけずにストレートに言葉にした方が伝わりやすいのも事実である。「この世界は素晴らしいんだ!」をまんま言わせるのは僕みたいなおっさんにはキラキラし過ぎてもはや眩しい。ゴルディオンハンマー直撃したゾンダーロボみたいに映画館から消滅したくなる。

 

まぁでもこのテーマを語るなら、クレヨンしんちゃん映画の『天カス学園』の方が圧倒的に良かった感はある……。『天カス学園』が良すぎるだけなのだが……。

個人的に思う最近の映画クレヨンしんちゃんと映画ドラえもんの違い。映画ドラえもんの方がディズニーピクサー映画っぽい優等生で啓蒙の色が濃くて親も安心して見せれるんだろうけど、クレヨンしんちゃん映画は奇天烈さ&お下劣さでドンドン進行していく中で最後はちゃんとメッセージがあって心が熱くなることが多いかなと思う。どっちも好き。

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古沢良太脚本

脚本の古沢良太氏は2023年だけでも本作以外にも、賛否両論というより微妙に否よりで叩かれがちなNHK大河ドラマ『どうする家康』や東映が20億かけて制作したけどギリギリ赤字回避かな程度の興行収入になっている『レジェンド&バタフライ』と話題作の脚本を書きまくっているまさに2023年の顔である。

 

古沢良太脚本の特徴といえば『コンフィデンスマンJP』で最も顕著だが、時系列をごちゃごちゃにし、序盤に伏線のタネを撒いて後半で一気に回収することだろう。本作もまさしく”そう”である。特にタイムリープ使う系になると古沢良太脚本の強みが無理なく出やすい。

古沢良太のインタビューで「引き受けた時は僕の個性を出すことも考えましたが、実際に書き出すとそんなおこがましい思いは一切捨てざるを得なくなってしまいました」と言ってるけど、本作も滅茶苦茶古沢良太脚本の個性出てるよ。

特に序盤は伏線のタネを撒くために展開が遅いのとかダメな所含めて滅茶苦茶個性出ていると思う。

まぁでも、古沢良太氏は時代劇の脚本よりこっちの方が向いていると思う。

 

 

ソーニャ

本作のゲストキャラ。パーフェクト猫型ロボットのソーニャ。声はKing & Princeメンバーの永瀬廉。顔がイケメンは声もイケメンである。はぁ~~~~~~。

今までのドラえもん映画なら冒頭でソーニャが裏山に落ちてきてそれをのび太くんが助けて交流し、関係を掘り下げながら楽園「パラダビア」に行く話になりそうなのに本作ではそんなに交流含めず舞台装置になったの、藤子・F・不二雄先生の大長編のゲストキャラっぽい。その割には最後、ソーニャとの関係性でのドラマで観客を感動させようとするの、永瀬廉の声の演技にかなり助けられているなと思う。

 

 

最後に

来年はロボッターが出てくるのと、オーケストラが出てくる音楽モノなのでまたオリジナル作品になりそう。正直リメイク作品ってそれだけでテンション下がるのでオリジナルに挑戦してもらえるのは本当に嬉しい。あと、本作は飛行機やテクノロジーの一つ一つの動きや作画が良くて好きだったから継続してくれると嬉しい。

 

 

 

*1:冒頭の虫がドラえもんと途中で気づいたけど、僕はあの虫がのび太くんにあのまま引っ付いて行動を共にし、のび太くんのピンチに元に戻るのだと思ってたから、普通にあのまま裏山にいてビックリした