社会の独房から

映画やゲーム、小話など。

【ネタバレあり】映画 『イソップの思うツボ』感想。カメは歩みを止めない。

SNSを中心とした口コミでインディーズ映画としては異例中の異例の興行収入31億円を突破する大ヒットを記録し、もはや社会現象と化していた超話題作『カメラを止めるな!

その監督であった上田慎一郎、スチールを手がけた浅沼直也とスピンオフ『ハリウッド大作戦』の中泉裕矢という“トリプル監督”というのも大きな特徴だ。

『カメ止め』の次回作という事でその周りからの期待や、プレッシャーなどは想像できないものだったとは思う。上田監督自身、今作は『カメ止め』とはテイストも後味も違い、賛否両論になると仰ってた通り、鑑賞した直後の私は完全に今作に対して「否」だった。

しかし、家に帰り、飯を食べ、風呂に入り、寝た後で本作を思い出してみると、意外と良かったなぁという気持ちがフツフツと湧き出てきたので、それらの想いを書いていこうと思う。

注意して欲しいのが、完全にネタバレありで書いていく事だ

本作は『カメ止め』と同じくどんでん返しを楽しむ作品でもあるので、初見の人はこんな駄文を読まずにまず映画を観て欲しい。

f:id:Shachiku:20190817190312j:plain

(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ

 どんでん返しのパワーがあまりにも弱すぎる

『カメ止め』の初見の時も思ったが、どんでん返しが作品の肝におきすぎている為、前半の伏線を張るシーンが退屈というのが本作では更にパワーアップしている。

冒頭20分前後が劇場を抜け出したくなるほどのつまらなさと主人公である友達のいない女子大生・亀田美羽の振る舞いが観ていて恥ずかしくなる「共感性羞恥」が沢山あること、いくら娘の事を心配しての発言だろうか、亀田美羽の母親の、「女子大生は恋するのが仕事」という余りにも古い価値観の押しつけに「学生は勉強するのが仕事じゃ!!」と言いたくなる発言が多いのも含めてただただ辛かった。つまらないインディーズ映画ってこんな感じというのを凝縮している様な時間だった。

そもそも『カメ止め』の冒頭がつまらないのって、「つまらない」事自体に映画を撮る事へのメタ的意味があって、リアリティがあって、何より後半の爆発的面白さへと直接繋がる「アハ体験」でもあるので、トータルでの満足度が凄い。

 

本作では伏線をはる前半が面白くない事への理由がない。ただただ面白くないだけだ。

しかも、本作では二転三転する展開の連続だったけど、細かいジャブみたいなどんでん返しで、最後の最後にKOされるようなもの凄いどんでん返しがきそうな雰囲気をずっとただ寄せながら、そのまま判定勝負で終わってしまうボクシングの試合を見せられた消化不良な気分になってしまう。

どんでん返しだけでみるなら圧倒的に今年公開された古沢良太脚本の『コンフィデンスマンJP』の方が凄かった。どんでん返しが来ると身構えていたのにそれ以上のどんでん返しが来たし、鑑賞後はスカッとした気持ちよさがある。

 上田監督の皮肉と反乱

途中で台本とか出てきた時はビックリしましたよね。上田慎一郎って同じ事しか出来ないのかよって。最近話題のドラクエ映画のようなメタ的構造だ。

しかし、違った。

これはただのメタ的映画ではなかった。

この映画には二つのメタ的要素がある。

一つは作中の監督であり、脚本家である借金取りの男に対して「俺たちは金を払っている!人を殺す所を観せろ」と要求してくる仮面をつけたブルジョワ達。あれは私たち顔が見えない観客であり、スポンサーであるように感じた。

これは『カメ止め』の成功から『カメ止めみたいなの作って!』と同じような物語を望んでくる観客やプロデュサー、スポンサー達への上田監督の皮肉のようにも受け止められる。

そして最後は監督の死という物語で満足する観客達。これは自分の監督としての死を表現しているのかもしれない。

 

そしてもう一つが、『カメ止め』では映画をメタ的に作りながらも、演技者と監督達裏側が同じ想いで一つの作品を一緒に作っていく構造だったのに対して

本作でも最初はタイトル通りにイソップという作者が書いた寓話のように作者の脚本に沿って演技者が物語を紡いでいくが、亀田一家は最終的に自分たちを動かしていた脚本を否定する。

つまり物語の登場人物が物語を否定し、自分達の物語を歩んでいく事を意味する。

そしてそのメッセージこそが『イソップの思うツボ』の本質となる。

 

復讐と家族とカメと百合

f:id:Shachiku:20190817232558j:plain

(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ

本作では三つの家族が出てくる。

1:亀田家 母親への復讐に燃えながらも、『がっこうぐらし』的に母親の幻覚がみえるぼっちな女子大生亀田美羽とその父と兄。
2:兎草家 一家全員タレントとしてバラエティ番組に出演している。理想的な勝ち組家族。しかし、母は亀田兄が演じている先生と不倫したり、父はハニートラップに引っかかったりしている。
3:戌井家 本当の親子ではない。父と娘はヤクザに脅され誘拐、拷問の手伝いをする。

 

この物語は高速道路での自動車玉突き事故が起こり、先に搬入された亀田母より、裏金を積んだ兎草家娘である兎草早織の方が亀田母よりも治療を優先されたしまったことで、彼女の命を失ってしまう。

それが原因で、父と兄が自暴自棄になり以前のような平穏な家族生活は完全に失われてしまう。

だからこそ、美羽は兎草家を自分達と同じように「壊したい」と思うようになる。

ただ、亀田家が兎草家へ憎悪するきっかけになる「病院の割り込み」のシーンが下手な絵の紙芝居だっため、悲劇が軽く感じてしまう。

また、一番悪いのは玉突き事故起こした人だし、賄賂を受け取った医者も悪い。そもそも娘の兎草早織に非がなさ過ぎる。性格が悪いとかの描写とかあればまだ良かったが、兎草早織の名前を覚えたりする良い子なのが逆に救いようがない。ただの理不尽な目にあう被害者になってしまっている。

 

ただ、復讐とは他所から観たらこんなモノなのかもしれない。

復讐なんて関係のない人にも迷惑がかかる自己中心的な行いであり、誰も救われない。

それでも自分に対する区切りの為にやる。

そして実際にその復讐は成功し、亀田家は兎草家の信頼関係をぶち壊し、今までになかったドス黒い心を抱かせた。精神的に殺しを行えたので復讐は達成されたとは思う。

その場で直ぐ殺すより、一生苦しみを与え続けて生かす方が残酷な事もある。

 

ただ何度でも言うが、娘の兎草早織がただただ可哀相である。

救いがあるとすれば、今まで表面的仲の良さがあったものの、お互い本音を言えなかった(浮気している妻に何も言えない夫のように)家族が今回の事件を契機に、拒絶し合いながらも、必死で受け入れ合おうとしている姿を見ることが出来た。これから次第だが、前よりも固い関係の家族が出来るかもしれない。

 

そして亀田家。

本作の最大の謎が亀田美羽が飼っているカメである。

前半で死んで、マンションの屋上から落とされ人の頭に当たり、ニュースになっており、これは後半回収される伏線やん!!!からの伏線でも何でもなくED後に何事もなくカメが歩いて終わるという描写に観客の大勢がイスから落ちたと思う。

恐らくこのカメは亀田家そのままだと思うんですね。

マンションから落ちるように社会から、人生から落ちた亀田家は人の頭に落ちて迷惑かけたように兎草家などに迷惑をかけるが、お互い死ぬ事なく、カメも亀田家もゆっくりと再び大地を踏みしめながら歩いて行く。

人生は続いていく。

ゆっくりとゆっくりと、自分のペースで。

 

 

そして戌井家。何度考えてもやっぱり戌井家の存在価値が分からない。確かに戌井家娘の脚が綺麗で素晴らしい。ただ、実の親子ではない父娘の家族愛を描こうとしているのは分かるが、作中劇でも脚本の内容を知らず、所謂バラエティ番組でドッキリを仕掛けられた立場であり、観客目線で物語に反応する役割だという事は分かるが、これはバラエティ番組ではなく映画だし、そのポジションの人間いるのかという疑惑が晴れないまま、後半殆ど空気で、何となくハッピーエンドで終わってしまう。いや、父親はヤクザ撃ち殺してるやん、捕まるやん、遺体放置やんという怒濤のツッコミポイントが生まれるが、本作は現実ではなく寓話なので、そういう細かい所はどうでも良いのかも知れない。

 

そして本作は亀田美羽と兎草早織の百合映画である(断言)

亀田美羽が復讐の為に見つめていたのに自分の事を好きだと勘違いした兎草早織。

そんな誤解から始まった関係だったが、

復讐相手でありながら自分の名前を覚えていた事に感動する陰キャな亀田美羽(陰キャは自己評価が低いので、優しくされると直ぐに好きになる)は兎草早織の命を守る決断をする。

誤解から本当の百合に変わっていっているのがよく分かる。

 

最後に

10月に公開される上田慎一郎監督作『スペシャルアクターズ』


『スペシャルアクターズ』特報 10月18日(金)全国公開

 

正直この予告観てる限りでは結構不安なのだが、公開日には観に行こうと思う。

私は上田慎一郎が好きだ。大好きだ。『イソップの思うツボ』も正直上田慎一郎への信頼と愛が無ければ冒頭15分で劇場を後にしてた。

しかし、最後まで観て良かったという幸福感に今は包まれている。この映画は完成度より人生のどん底とそれでも歩む事の大切さを描いていると思う。その結果『カメ止め』にあった様々な良い要素が抜け落ちてしまった訳だが、完成度よりテーマを取る作品は私の大好物だ。なのでこの映画は好きだ。

 

最後に一言言いたい。どうしても言いたい。これだけは言いたい。

嫉妬では絶対にないけど、あんなに可愛い井桁弘恵に惚れられた亀兄が羨ましすぎて復讐失敗しろ!!撃たれろ!!と願って止まなかったのは私だけでないハズ

カメラを止めるな!  [Blu-ray]

カメラを止めるな! [Blu-ray]

 

 

ドラクエの映画で起きた「SNS夏のネタバレ祭り」で思うこと

「映画自体は観たことなくてもオチはSNSなどで何となく知っている」映画で有名になった『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』

この現象は「令和のシックス・センス」と言っても過言では無いと思う。

【映画パンフレット】 ドラゴンクエスト ユア・ストーリー DRAGON QUEST

ではなぜみんなが『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のオチを知る事になったのだろうか。一つは含みある感想ツイートが気になって自分からネタバレ感想を見た聞いたパターン。これはまぁ自由にしたら良いと思う。ネタバレ見てから映画を観るのが好きという人もいるだろう。

 

もう一つはツイッターなどSNSで事故的に知ってしまったパターンである。 

基本的に最近のツイッターは「ネタバレ」に厳しい雰囲気がある。どうしても一部愉快犯や捨てアカからのネタバレ攻撃は無くならないが、何年もツイッターをしている人同士であれば、お互い無言のマナーが出来つつある(たまに齟齬が生まれて荒れる事があるが)しかし、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は違う。マーベル作品でのヴィランネタバレに激昂した人や、FGOで新宿のアーチャーの正体バレツイートにネタバレ厳禁やぞ!!と切れた人や仮面ライダー映画のスペシャルゲストの正体をネットメディアに発表されて炎上させた人ですら、この作品の肝となるオチを含めて比喩ではない直接的なネタバレをしているのを散見する事になった。

 

ではなぜここまでネタバレ祭りに発展したのだろうか。一つは『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を語る時にどうしてもあのオチは避けては通れないという事が一つ。そして、やはり一番の理由はドラクエの映画は公開直後から賛否ではなく圧倒的な「否」の嵐となった所だと思う。

 

未だに馬鹿にされる実写版『デビルマン』が顕著だがネット、特にツイッターはつまらないや原作レイプなど怒れる(と周囲の空気によって決定された)作品に対しては何をしても良いという合意があるように感じられる。

そんな雰囲気の中、令和版実写デビルマンみたいと呼ばれる『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に作権がなくなってしまうのは自明の理なのかもしれない。

 

SNSでのネタバレは大きく分けて2つあると考えられる。

フォロワーからのネタバレとフォロワー外からのネタバレだ。

フォロワー外からのネタバレの代表例は、ここ数年ネタバレ騒動で問題になっている劇場版『名探偵コナン』で鑑賞予定者に対し、「犯人は○○(伏字は犯人の名前)」とリプライを送る。また、犯人の名前を冠したアカウントが「いいね」を付けるという嫌がらせだ。

そもそもコナン映画で犯人とかそういうミステリー要素を期待して映画を観に行っている層がどれだけいるのか気になるが、本題ではないのでここはスルーする。

この嫌がらせも対処が難しいが、コナン映画ネタバレ騒動は毎年恒例になっているので、そもそも「コナン映画これから観に行く」ツイートをしないなどの自衛は必要だ。

 

そしてもう一つのフォロワーからのネタバレが今回の本題だ。

基本的にSNSでのネタ防止はフォロワー同士の相互監視と配慮で成り立っている。

「あっこのツイートするとネタバレになるな」とか「これRTするとあの人に対してネタバレになるな」などだ。

ただ、ここで問題になるのが二つある。一つはどこまでをネタバレとするかその境界線だ。

例えば最近上映された『トイストーリー4 』がある。これはその終わり方から一部のシリーズファンから過去作の否定など叩かれていた。直接的なネタバレは少なかったが、正直オチはその阿鼻叫喚具合で何となくわかった。

ただ、そういう所までダメならもはやSNSで映画の感想なんて「面白かった」「つまらなかった」「溶鉱炉の中に沈んでいく」以外呟けなくなってしまう。ある程度お互い様の精神は必要だと思うし、普段からその人の感想ツイートを見て、自分にとってのネタバレの境界線と同程度が認識している必要がある。又はSNSから離れろ。

そしてもう一つが、映画公開してからいつまでネタバレを禁止しないといけないかと言う事だ。「俺が観終わるまで」「劇場公開が終わるまで」「DVDやネット配信されるまで」「金曜ロードショーでやるまで」「そもそもネタバレに時効がない」などなど人の数だけルールがある。それをお互い空気を読みながら映画感想をツイートしているのが現状だ。最近ではフセッターという便利なモノが出来て、ネタバレ騒動はグンと減った印象がある。

 

その中で最近ある映画が公開された。

アベンジャーズ/エンドゲーム』である。

公開前に監督であるルッソ兄弟が本作における“ネタバレ禁止令”を公式に発表した。

マーベル作品はネットにファンが多い事もあって、これは効果が抜群だった。

ちょっとしたネタバレ要素でも見つけ出し、仲間内で晒し、総攻撃しているのをよく見た。

当時はその現象、少し怖いなと思う事もあったけど、今考えると熱狂的なファンを獲得しているのもマーベル作品の強みだと思う。『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』はネタバレしてもファンがそもそも少ないので誰からも怒られないという悲しい事実。

 

エンドゲームは2週間後、公式から直々にネタバレ解禁。公式からのネタバレ禁止は偶にあるがネタバレ解禁は本当に珍しいと思う。あまりの珍しさとその2週間という早さから本当にネタバレしてもいいのかという戸惑いの声も多かったが、チキンレースのように段々ネタバレする人も増え始め、結果的に他の作品よりネタバレスピードが速かった映画だったとも言える(感想を言い合いたい、確認し合いたい作品だったので、そこの戦略も上手かったなと思う)

 

そんな中、別に公式がネタバレ禁止も解禁も何もいっていないのに公開翌日にはネタバレ解禁していた『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』

基本的に上記のエンドゲームみたいに公式でネタバレ禁止している以外の作品は観客に判断が委ねられている訳なので、別にネタバレ自体が悪いとは一概には言えないと思う。この『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』も所謂炎上商法というか、この終わり方が良くも悪くも悪くも悪くも評判になり、気になって実際に映画館行った人も多いと思うので。

ただ、これは『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』だけの問題ではなくて、これが許されるなら、これから上映される映画などの娯楽作品でも、公開初日初回で観なければネタバレされる可能性が高くなった事を意味すると思う。

お金を払って作品を鑑賞して、実際にそれがクソで、観客を馬鹿にしたような内容で、怒りが止まらない、お金を無駄にした後悔でハゲそうなど様々な負の感情がわき出た時にでも、ある程度のクリエイターに対する配慮と尊敬がなければ、結果的に観客にしわ寄せが来てしまう事もあるのだと頭の隅には置いて欲しいなと願うだけだ。

 

そして、この問題で一番モヤモヤしてしまう事は、今までネタバレに対して厳しい事を言っていた人も『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』ではネタバレしていることだ。

マーベル作品など面白い映画は初体験の感動を損なわせてはいけないのでネタバレ厳禁だが、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のようなつまらない映画は感動もないし、そもそも観ない方が良い、またはネタバレして覚悟を持ってから観た方がよいのでネタバレしても良い」という「それはお前が決める事ではない」押しつけがましい考えが透けて見えるのが良くないと思う。そもそもどんな映画だってつまらないと感じる人はいるし、その人はネタバレしても良いのかという話しにもなってくる。

例えば映画『カメラを止めるな!』という作品。あれも何も知らないまま観た方が楽しいという理由で、観客がこれからの観客の為に配慮している光景を何度も見てきたし、実際超長期上映だったにも関わらず、SNSでのネタバレに厳しかった(それ自体がネタバレを誘発している可能性はあるし、上映館が少ないという事もあったので一概には比べられないが)

出来不出来の差はあり、『カメラを止めるな!』と違い、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』はオチを楽しめる事が出来ず、庇う必要がないからネタバレする。それで良いだろうか。

 

基本的にネットは自由なので犯罪でなければどんなツイートをしても良いと思うし、普段からネタバレガンガンする人ならそんな人をフォローしているこっちが悪い。

ただ、普段はネタバレやめろと言っている人が作品によってはネタバレするとせめて一貫性をもってくれと切実に思ってしまう。ただ、人は変わる生き物なので、一貫性なんて無理と言われたら何も反論出来ません。私も今はこんな偉そうな事を言っているが、明日には承認欲求に負けて『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』のネタバレを大きな声で言っているかもしれない。その時は笑って許して欲しい。自分には甘く生きていきたい。

 

 個人的にこの「SNS夏のネタバレ祭り」で辛かったことは本来このネタバレ祭りに苦言の一つも言っていいネットメディア関係者ですら、この炎上の流れにのってツイッターで平然とネタバレツイートしている所であり、ボロクソに作品を叩いた自分達の記事が注目されて喜んでいる所である。別に擁護する必要はないが、暴走するSNSに便乗するメディアしか出てこない事に対して疑問に思ってしまう。

 

また、『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は公開直後から「邦キチ案件」と言われ(個人的にはそこまで「邦キチ案件」思わないが)とうとう実際に『邦キチ』で取り上げられてしまった。読んでみると、オチをネタにしていて、公開してまだ2,3週間ぐらいの映画でネタにして良いのか少し考えてしまう(調理の仕方も上手かったし、面白いのは面白かったが)

 

結局の所、フォロワー同士のネタバレ相互監視は少しバランスがおかしくなるだけで崩れるなるような柔らかい壁であり、私たちはそんなバランスの中でSNSをしている事は肝に銘じていないと駄目だ。そして影響力が強い人がネタバレし出すと俺も俺もと金魚のフンのようにネタバレし出すので、そういうのを見かけたらネットから離れるのが大切だと思う。

ここから、簡単ではあるがSNSでのネタバレ対応策を書いていく。

 

SNSでのネタバレに対してどうすれば良いのだろうか

SNSでの基本的な考えは他人を信用せず、自衛が求められる。本当に人は信用してはならない、なぜならネタバレの基準は人によって違うし、信用した人でもその日の気分などによってネタバレだと感じる時もあるだろう。映画公開前後はピリピリしているのも関係しているだろう。

特に劇場鑑賞を予定している作品であるならば、まず関係ワードをミュート。これで大体防げる。最悪SNSから離れるのも良い。

 

自衛自体はそこまで難しくない。ただ、「この人は公開直後の映画でもネタバレする人だったんだ」という感情は忘れる事がないと思うし、「この人はあの作品ではネタバレに怒っていたのに」という昔のことでも意外と覚えているという事は覚えていて欲しい。

 

最後に

周りがネタバレしていると自分もして良いような錯覚に陥ってしまう。

本当にネタバレすると自分が決めたなら止める事は出来ないが、流されているだけならツイートする前に今一度考えて欲しい。それはツイートしても良いのかどうか。

SNSは1度叩いても良いという雰囲気になるともう誰にも止める事は出来ないが、それでも立ち止まる事は出来るし、考える事は出来るハズだ。

大切なのは「自分を持つ」という事であり、みんなが叩いているから、馬鹿にしているからではなく、ネタバレするならネタバレする決意とネタバレに対する自分なりの考えと信念を持って欲しい。『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に怒りを持ったからネタバレするなら、他の人が他作品に対して怒りを持ってネタバレする事に寛容になって欲しい。

ただ、「ネタバレが怖いならSNSなんてするな」もある意味本質だと思うので、気になる作品があるならSNS断ちをしましょう。誰も君の映像体験なんて守ってくれないよ。

 

そして最後に『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』を鑑賞せず、ネタバレ感想だけ読んで分かった気持ちになり、この炎上に便乗して叩いている人も多いと思うが、そんな行為は一次ソースを読まず、まとめサイトだけ読んで分かった気持ちになったり、見出しだけ読んで理解したつもりになっているだけの愚行なので、鑑賞する気がないならないで『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』に触れないで欲しい。別にネットで話題になっているからって無理する必要はないんだ。無理して話題食べ食べ人間になる必要はないんだ。自分が食べれるヤツを美味しく食べてくれ。

君は君のままで君自身のユアストーリーを楽しんで欲しい(これが言いたかっただけ)

 

杖を握らなければ おまえを守れない 杖を握ったままでは おまえを抱き締められない 。FF14プレイ日記3

僕はついてゆけるだろうか チョコボのいない世界のスピードに(訳ようやくチョコボゲットした)

このゲーム色々脇道は多いけど、まずチョコボゲットする所まで進めた方が良いですね。チョコボのスピードに慣れるともう普通に走れない。

という訳で3回目になったFF14プレイ日記始めます。

 

VSタイタン戦!

ここら辺でクエストのお使いが単調に感じられ色々辛くなってきた。特にここからタイタン戦だ!その前に協力してもらう海賊の人達に認められる必要があるぞ!というパターンの連続で、こっちは世界を守ろうとしている冒険者だぞ!?と思ってしまう。切実に水戸黄門の印籠的アイテムが欲しい。

f:id:Shachiku:20190815010019j:image

認めて貰おうと色々クエストクリアした後に実はそいつが偽物で、更に本物からもクエスト依頼があった時は「正気か!?」と思ってしまった。 全体的に引き延ばしが酷い。

 

そういう事がありモチベが下がっていたのだが、同時にここら辺からオンラインパーティ戦の難易度が上がり、脳死だとクリア出来ないようになってきたので、白魔道士での立ち回りを一回一回勉強し、実践していくのが楽しくなってきた時でもある。

今までは取り敢えずタンク役にケアル打っているだけで何となくクリア出来たが、ここら辺からケアルだけでは間に合わず、ケアルラ、リジェネが必要になってくるが、無駄に打つとMPが足りない。貧乏性なのでエーテルはなるべく使いたくない。また、強烈な全体攻撃される事もあるのでタンク以外の味方も回復しないと駄目だが、優先順位つけないと、タンクがみるみるHP減る事もある。

 

そしてなにより大切なのがヒーラーである私が死なない事である。

私が死ぬとあっという間にパーティが崩壊する(経験談

なので私がダメージ受けないようになるべく敵から離れつつ、味方のHPを常に気をつけ、MP管理を適切に、たまには攻撃もする。

やることが多すぎる。

あと、責任が重大過ぎる

確かに、人から感謝されたいというクソザコ精神からヒーラー選んだけど、私の少しのミスがパーティの崩壊に繋がるの恐ろし過ぎる。チャット欄はいつでも謝罪の言葉用意してますよこっちわ。感謝どころの話ではない。

ヒーラー二人欲しい(切実)

 

そして本題、タイタン戦。

f:id:Shachiku:20190815010036j:image

最初は意外と攻撃力も低いし、余裕かなと思っていたらステージ外に落とされてそのまま即死ですよ。

即死て(笑)

最初は何が起こったのか分からず、間違ってステージから落ちたのかなと思って、再戦したら再び落ちて即死。

即死て(笑)

漸く落とされたという事に気付き、どれだけHP減らされても良いから落ちないようにステージのど真ん中を維持。これでタイタン戦完璧だわと思ったら今度は何だか岩石に囚われて動く事が出来ず、その間に味方は全滅してゲームオーバー。

これまでの反省を活かしつつ、タイタンさんのターゲットにならないように何とか動き、4度目で何とかクリア。

初見殺し多かったものの楽しかったですね、タイタン戦。

そしてストーリーはここから大きく動き出す。

 

VSガルーダ戦!

砂の家に戻ると、敵襲を受けており味方が大勢死んでいる。

お使いクエストで何度も話したあのキャラも死んでいる。

今まで生ぬるい空気で冒険していたFF14で感じる「死」という概念。

f:id:Shachiku:20190815010053j:image

私が救えたモノ、救えなかったモノ。辛く悲しい時間が流れるが私たちは立ち止まる事を許されない。

物語が動き出す音がする。

 

そして悲しさ癒えないままシリーズでおなじみのシド登場(声優が小山力也さんの為、滅茶苦茶イケボ)

f:id:Shachiku:20190815010100j:image

 そしてガルーダ戦。

噂では難しいと聞いていたが個人的にはそんなに苦戦する事なく倒す事が出来て(一回死んだけど)遂に動き出す帝国。かませ犬になるガルーダ。

 

恐らくこれから戦う事があるだろう帝国の切り札登場。

f:id:Shachiku:20190815010126j:image

 長かったFF14 新生エオルゼア編。漸く物語が動き出した。

これからどのような展開を見せてくれるのか大変楽しみだ。

 

前回からあんまり進んでいないのだが、正直に言うと最近、腰を悪くしてしまい座ってゲームを長時間すると痛くて痛くて辛いんですね。

初めての体験なので自分の加齢具合に落ち込みつつちょこちょこ進めています。

 

今回はここまで。また次回よろしくお願いします。

f:id:Shachiku:20190815012505j:image

 

www.shachikudayo.com

 

『ファイアーエムブレム風花雪月』感想。エーデルガルトに狂わされたFE好きの僕。

「今度のファイアーエムブレムは学園モノ!」と聞いた時、私は少しビックリしたというかガッカリしたというのが正直ある。なぜなら大ヒットした『覚醒』から「重厚なファンタジー戦記物」といった要素から離れ、キャラクター性に重点が置かれカジュアルな路線に走っていっているように思えてしまい、『ファイアーエムブレム 封印の剣』世代の私は楽しめたものの、面倒なファンでもある私はこんなんFE違うという気持ちをずっと内に秘めていた。

私にとってファイアーエムブレムとは一体何なんだろう。

戦術級に絞ったミニマムなバトルなのか中世の騎士道物語をベースとした重厚で王道のストーリーなのか個性豊かなキャラクター達なのか。恐らくそれら全てなのだろう。

そんなファイアーエムブレムで教師と生徒達の物語と聞いて喜ぶ訳がなく、『覚醒』から続くカジュアルキャラ路線の真っ当進化した学園モノという印象しかなかった。

しかし、E3で発表された予告を観て「おやっ」と思った。

FE風花雪月は学園モノで終わらなかった。

二部構成で作られており、一部は確かに学園モノであり、ここで主人公は士官学校の教師となり、出身国ごとに分かれた三つの学級から一つを選び、生徒と親交を深めながら、そこにきな臭い政治&宗教状況や闇の勢力を盛り込んでいるので「この世界に生きている人物」としての愛着がわいてくる。誰もが時勢に関連する背景を持っているのが分かりながらこれから起きるだろう戦争についての緊張感が常に漂っている。

f:id:Shachiku:20190811071806j:image

↑これが教師になる女主人公。通称ヤバタイ先生

そして第二部こそが、戦争編であり、『ゲームオブスローンズ』のように第一部で関係を作った生徒達の殺し合いが発生する。

正直、これを聞いた時、反則だと思った。こんなん絶対面白い奴やんと。

そして、プレイした感想としては滅茶苦茶面白い。

プレイを止める事が出来ず今3周目である。

やった人ならわかると思うが、周回すればするほど面白い。

ボリュームが凄いので1周クリアするだけでも60時間ぐらいかかるのだが、やればやるほど生徒との関係が深まっていき、第二部の戦争編で涙腺が崩壊してしまう。

そんな本作の感想を私が大好きになったキャラであるエーデルガルトを中心に書いていく。

なぜなら私にとってのファイアーエムブレムとはエーデルガルドだったんですね

f:id:Shachiku:20190810181623j:image

 

 ファイアーエムブレムの詰め合わせ

何だか久しぶりに新作できちんとした大陸マップを見た気がする。章の開始時に世界地図と共に大塚明夫による雰囲気マックスのナレーションで今の情勢を語り、あのFEが帰ってきたと泣いてしまう。

f:id:Shachiku:20190810193204j:image

そして本作が過去作と違う点は散策パート。 章と章の間に教師である主人公は無表情で走りながら勝手に人の部屋に入って落とし物を広い、釣りや種を植えて何故か指揮能力を上がり、無限の胃袋で生徒達とランチdeコミュニケーションをし、他クラスの生徒に大量の贈り物を渡し、お茶会に誘ってはパーフェクトがでるまでリセットし生徒を洗脳、自クラスに引く抜く。またプライドの欠片もないので生徒からも様々な技能を教わり、自分は予習なんて全くしないまま自分より知識がある生徒に講義をする。そして闘技場で生徒を優勝させ、次の戦闘に備えてアイテムを買い、騎士団を補充し、サブクエストをクリアする。

とにかくやる事が多い。多すぎる。あと、ジャンプしたいのにジャンプ出来ないのも「ジャンプしたい!!」という想いが強くなる。

f:id:Shachiku:20190810195003j:image↑何だかやたらと多い猫だけが癒し

戦争編になって敵が攻めてきている時なども月末までお茶会出来るとか緊張感に欠ける気もするが、どんな時にも息抜きは大事だ。

また、名前もない脇役と会話出来て、その世界観をより深く知れたり、戦争に負けられないという覚悟を強くできるのも良い。みんな生きているのだ。

戦場

バトルシステムは基本的に変わらないが『聖戦の系譜』以来、おなじみとなっていた3すくみの要素がなくなった。なので、剣は斧に強い、斧は槍に強い、槍は剣に強いといった武器の個性は減った。代わりに新しいシステムに「騎士団」と「計略」がある。

「騎士団」は過去のシリーズの中で話題になっていた戦争をしているのに兵の数がやたらと少ない問題に対する解答にもなっている。戦略と駆け引きの要素は増えたと思って良い。

難点があるとすると装備武器が壊れてしまうと自動的に他にもっている武器を装備するが魔法が得意なヒューベルトがまだ他に魔法があるにも関わらずそこらへんで拾った錆びた槍を装備し、アーマーナイト相手に挑むという竹槍で戦車に挑むみたいな積極的自殺をしてしまう。お前よくそんな頭脳で参謀役が出来るな!

育成要素も自由度が高く、キャラによって得意不得意があるものの結構自由に職業を変える事が出来、自分だけのキャラにする事が出来る。難点は兵種の最上級職が種類が少ない、偏っている点である。特に主人公が普通にやっていたらなる剣士系統が最上級職ではエピタフ(魔法剣士)という変わり種しかないの完全に罠である。ちなみに基本的に弓系列が強いが、特にボウナイトが滅茶苦茶に強いのでここを目指して育成するのをオススメする。

ただ、自由度が高いせいか、『ファイアーエムブレムif 暗夜王国』のように唸るようなMAPもなく、正直基本的に簡単なのでクリアだけならそこまで拘る必要もないし、好きな兵種を選んで良いと思う。今回時間を巻き戻す能力もあるので失敗しても戻れば良いし、特にノーマル選んだ場合、戦略なんて何も考えずともクリア出来る(最終面が少し辛いだけ)

 

二部構成だから出来るストーリーと三つ巴の世界観

今までのFEシリーズは戦争が始まった状態でゲームが始まっていたが、今作では学園から始まる。その意味がやればやるほど分かるようになる。

第一部の学園パートだけでも20~40時間ほどかかるのだが、その間何度も一緒に飯を食う自クラスや他クラスのメンバーはどうしても愛着が沸く。

さらに今までなら「死んだらキャラがロストしてしまう」「ロストしたキャラは喋れない」とうゲームシステム上の問題の為、主要キャラがHP0になったら重傷を負い撤退した扱いにして、次の戦闘でも使えるようになっていた。しかし、そんな事できるのは一部のキャラだけで、殆どはHP0になったら終わり。なのでいつ死んでも良いように拠点会話、支援会話といった要素で台詞を増やしてキャラを深堀りする試みもあるにはあったが、メインの会話には殆ど登場しなかったのである。

しかし、本作では会話がある。しかもフルボイスである。さらに第一部でスカウトして、立場が本来とは変わった生徒ですらその状況毎の会話がある。普通はシナリオ上はいない扱いになるのかなと思ったらきちんとあるのではある。驚異的作り込みだと思う。

そんな会話が増え愛着が沸いた他クラスの生徒達と第二部では戦争が始まり殺し合う。

しかも、死亡時のボイスもどう考えてもプレイヤーに罪悪感を与えるモノが多く胸が苦しくなる。これが戦争なのか。

 

同じ釜の飯を食った生徒達とは学園生活を進める中でメタ的にいずれ敵の将兵として現れることは最初から分かってしまっている。これが重い。彼らを知り、彼らの人生を知り、彼らの信念を知って、その上で覚悟をもって、プレイヤーと戦うようになる。

つまり、皆が意志あり、だからこそ戦争に対しての立ち位置が明確になりドラマがより際立つ。

これこそが、戦争を取り扱うゲームのあるべき姿なのかもしれない。

エーデルガルト

本作は3ルート(実際は4ルート)あり、それぞれでストーリーが異なる。

そしてそれぞれがストーリーの補完をしているので1周しただけでは結構な数の謎が謎のまま終わってしまう。最低でも2周はしないと駄目だと思う。また、各キャラには好感度があり、それが上がる事で支援会話が発生するのだが、この秘密を支援会話で消化するの正気か!?というモノもあるため、風花雪月の全貌を知ろうとしたら莫大な時間がいると思う。ボリュームが鬼。

私は斧が似合うアーマーナイトな女の子が大好きなので風花雪月のPVを観た時点でエーデルガルド(以下エガちゃん)ルートである黒鷲の学級を選ぶのは最初から決めていた。

f:id:Shachiku:20190810224307p:plain


 実際に遊んでみると分かる。このルート、いつものFEなら本来敵国になる奴だと。

スパロボでいう所のエゥーゴではなくティターンズに入るようなモノだと。

まず、第二部になるとエガちゃんに角が生える(生えている訳ではない)

どう考えても見た目は味方になって良い奴ではない。

f:id:Shachiku:20190810224623j:image

 そして帝国なので、その圧倒的武力で相手の拠点をテンポ良く次々潰すため、正直最初にエガちゃんルート選んだ人は第二部駆け足気味だなと思うだろう(まぁ全体的に第二部は駆け足気味だが)

またエガちゃんとの会話も所々不穏で、絶対何か隠しているなと思うし、実際に他ルート(特に黄色ルート)やれば分かるが、隠している。

そして覇道の為には多少の切り捨ても仕方ないという精神が見え隠れするし、とある支援会話でエガちゃんが「誰にでも教育を」っていう考えを言われて寝耳に水みたいな反応していて、こいつ大丈夫かよとか思ったりもする。

そんな不穏なルートだが生徒達もみんな可愛く愛着もあり、なによりエガちゃんに対して「こいつ真面目だけどポンコツな所も多いし、主人公に対しての依存度も高いし、部屋でごろごろするのが好きというのも共感しまくりで好き」となるので多少の犠牲なんてどうでも良いエガちゃんを王にするぞ!という固い決意がみなぎる。

そしてエガちゃんルートを無事クリアし、青ルートを選ぶと残酷な事がある。

f:id:Shachiku:20190810231618j:image

↑この台詞を聞いてエガちゃんとは別の道を行った事を自覚し悲しくなった

まず、エガちゃんルートで愛着沸きまくりの仲間が今回は敵であり、殺さないといけないことと(一部キャラは最悪スカウトすれば良いのだが個人的にそれは違うなと思いしていない)リーダーのディミトリ筆頭に帝国に憎悪持ちまくりで、エガちゃんを擁護したい気持ちとエガちゃんにより切り捨てられた被害者への同情で感情のパンクが起こりそうになる。

そしてエガちゃんもベルナデッタといった政敵でもあるキャラを見事に捨て駒配置にしていてやめてやれや!と思ってしまう(しかもベルナデッタをスカウトすると黒鷲クラスでは居場所がなかったとか言い出す。私が先生だった時はあんなにクラスに馴染んでいたのに)

そして私は泣きながらエガちゃんを殺した。

このゲームを作った開発者は残酷である。鬼である。悪魔である。作ってくれてありがとう。

恐らく帝国ルートから始めたからこういう感想を持ったので逆に青ルートから始めていたらエガちゃんに対しても別の感想を持っただろう。同じゲームでも進め方、人によって全く別の感想を持つ、そんなゲームなのだ風花雪月は。

 

そして3周目は黄色ルート。オンラインで各キャラの出撃ランキングが見れるがこのルートが一番不人気っぽい中、正直このルートが一番の王道で、今まで歴代のFEっぽいストーリーである。1周目が黄色でも良いのかもしれない。リーダーのクロード筆頭に個性豊かでありながら愛着もてるキャラ多く、好きとなる。というか大体全員好きになるよこのゲーム。エガちゃんが突き抜けているだけで。

そんなルート毎に悩み苦しみ悶え笑う。それぞれの人生があり、それらを一身に受ける主人公。苦しみの中に見える楽しさこそ、この先も忘れない思い出になるだろう。

私はこの先、エーデルガルトという誇り高き王がいた事を忘れない。

彼女と一緒に歩んだ風花雪月というゲームの事も。

最後に

 人の数だけ自分にとってのファイアーエムブレム観は違うと思うが、重くハードなストーリー展開と正当進化なゲームシステム、愛すべきキャラ達に古の武器と受け継ぐ血族たちの物語。それら要素を何一つ妥協すること無く、再構築した風花雪月ではどんな人もで楽しめる集大成的ゲームになっている。これはインテリジェントシステムズだけではなく、コエテクの功績も大きいだろう。ありがとう。

昔からのFEファンも最近ファンになった人もみんながみんな楽しめる。

 

最後の最後に風花雪月は遊びが自由なのでこういう遊び方もある、

例えばイグナーツというのび太みたいなキャラがいるのだが、支援度が上がってしまうとマリアンヌと結婚する可能性がある。そんな可能性を潰すためイグナーツを戦場であえて殺し、自分がマリアンヌをNTR事も出来る。

そんな黒い感情でも何もかも受け入れてくれる可能性の塊である風花雪月を1度遊んでみて欲しい。

 

映画『ワンピース スタンピード』感想。20年間走り続けたワンピだからこそ出来る奇跡の集大成

正直、『スタンピード』というタイトル聞いた時は結構不安だったんですね。なぜなら尾田先生が監修するようになった『ワンピース フィルム ストロングワールド』から『ワンピース フィルム ゼット』『ワンピース フィルム ゴールド』とタイトルにフィルムが付くようになって、それが尾田先生と映画との距離感の表れというか、作品への信頼の証のようなモノだと思っていたのに今回は付いていない。もしかして、本作は尾田先生そんなに関わっていないのか?それならば、昔の映画のようなキャラの解釈違いに悩む作品になるのか?でも、そもそも尾田先生は漫画家だし、本業である漫画に集中して欲しい気持ちと、やっぱり尾田先生監修した映画じゃないともう満足出来ない身体になっちゃったよあたしゃという相反する気持ちの中で本作を観たのですが、完全にやられました。完敗です。まず東映アニメ主体でありながらもしっかりと尾田先生も関わっていてフィルム問題は杞憂でしたね。尾田先生への負担も少なく、しかししっかり関わっている本作は原作ファンも色々な意味で安心出来る理想的な体制なんだと思う。

そして、家畜などの集団暴走や人間の群集事故を意味する『スタンピード』本作はそんな名前に負けない冒頭からクライマックスまでアクション、アクション、バトル、バトルの連続で完全に圧倒され、原作付きの映画だからこそ出来るオールスター勢揃いの旨味を最大限に活かした展開は「ジャンプアニメ映画」の一つの頂点。

 

そんな本作の凄い所をネタバレ全開で書いていくので、初見の人はまず映画を観て欲しい。

【Amazon.co.jp限定】ONE PIECE STAMPEDE OriginalSoundtrack (特典:オリジナルデカジャケット)

 

「鬼の跡目」ダグラス・バレットとロジャー

よくある二番手、三番手の敵キャラもいて、サンジとかゾロはそいつと闘うのかなと思っていたらそんな事はなく、100分近くこのダグラス・バレットとの戦闘シーンで成り立っている本作。とにかくコイツが強いし、ロジャーへの想いが重すぎるというか頭の中がロジャーで埋め尽くされていて、観客の4割ぐらいドン引く。そんな感情檄オモなこいつは映画だと過去が必要最低限に抑えられているが、おまけの1万89巻を読めば詳しく書いてある。

まとめると

戦争の終わらない国で少年兵として働き、最後は味方にも裏切られ自国を滅亡させる

30年前 バレット(15歳)がロジャー海賊団に加入
28年前 ロジャーの不治の病が発覚 クロッカスがロジャー海賊団に加入
27年前 バレットがロジャーに善戦するが敗北、独立 エッド・ウォーの海戦(シャンクス、バギー12歳)
26年前 バレット(19歳)vsクロコダイル(20歳) 決着は付かず
25年前 ロジャー海賊団が偉大なる航路を制覇
24年前 大海賊時代の始まり
23年前 バレットがインペルダウンに投獄される

といった感じでなぜかクロコダイルの株が上がるという謎現象になる。

そしてある意味本作の主役ロジャー。

f:id:Shachiku:20190810021952j:plain

ワンピース0巻

個人的にはロジャーって万物の声が聞こえたりするけど、そんな肉体派っていうイメージがなく、いくら覚醒覚えていない時のバレットだからってタイマンで勝てる程強いとは思わなかったのでイメージが大分変わりました。舐めてました海賊王(まぁそりゃ白ヒゲと張り合っていたのだから強いに決まっているよな)

そして「ワンピースは俺の息子が見つける」発言。

実際問題、エースは死んでしまったので不可能になってしまった訳だけど、エースと血の繋がり以上の兄弟となったルフィがいる。彼がエースの想いと意志を引き継ぎ、ワンピースを見つけてくれると信じている。

 

そしてバレットもラフテルの場所分かったんだからひとつなぎの財宝(ワンピース)目指したらいいのにそうはせず、行動原理が全てロジャー越えなので、ロジャーの代わりにロジャーのような強い奴を倒す事を目標として行動する。全てはロジャーに認めてもらうためだったのにそのロジャーがいない、そんな現実に苦しみながら。

そして「一人だから強い」というバレットの信念と相反する「仲間がいるから強い」ルフィと激突し、ルフィはバレットの人生を否定するのではなく「本当に一人きりの奴などこの海にはいる訳ない」と自分の気持ちを真っ直ぐにぶつける。バレットのその戦いの中、ロジャーの面影、自分が本当に欲しかった、求めていたモノを思い出し、敗北する。


ゴールドロジャーの宝

本作のトリガーとも言える存在。宝箱に収められた「海賊王(ロジャー)の遺した宝」

その正体は「ラフテルへのエターナルポーズ」

ラフテルとはグランドラインの最果てにある島であり、この島を確認したのは、海賊王ロジャーの一団だけ。多くの海賊がこの島を目指し、ひとつなぎの財宝(ワンピース)を手に入れる野望を持っている。原作では全世界に4つしかないラフテルの在処の鍵となる地点が記されており、それを繋げた交点にラフテルは所在すると言われるロードポーネグリフを求めて4皇と激しい戦いをしている所だ。

f:id:Shachiku:20190810014615g:plain

ONE PIECE第818話「くじらの中で」

本作ではそんなラフテルのエターナルポース(永遠に特定の一つの島を指し続けるアイテム)という海賊や海軍、政府が血眼で奪い合うのに納得たりえるモノなので、アクションの連続にも説得力がある。

しかし、最後ルフィはそんな宝を潰す。

なぜならルフィが求めているモノは「冒険」であり、ラフテルはその延長にあるモノだから。

だから、その冒険を省略させてしまうモノに興味がない。これはレイリーからワンピースとは何かを聞かなかった時と同じ行動であり、「何がどこにあるかなんて聞きたくねぇ!!何もわかんねぇけどそうやって命がけで海に出てんだよ!!ここでおっさんに何か教えて貰うならおれは海賊やめる!!つまらねぇ冒険ならおれはしねぇ!!」という台詞に全てが詰まっている。

「冒険を楽しむ」それこそがルフィなんだなと。

そして本作でもっとも重要と言っても過言では無いラフテルの綴りが判明した件。

「Laugh Tale」(笑い話)なのワンピースの正体における重大な要素になるのでは!?

オールスター勢揃いな各キャラ達

オールスター勢揃いって響きは良いけど、限られた時間に中でやられても満席の居酒屋に「よっ!大将やってる?」と常連が暖簾をくぐっただけで帰ってしまうように顔だけだして帰るキャラがいて、「まじで何の為に来たんだ?」って思ってしまう事の連続だったりしますよね。特にワンピースはこの前、『ワンピース:ワールドシーカー』というゲームであのキャラやあのキャラが出ます!って宣伝だったのに本当に出るだけでフワッとルフィの前に出てきて一回戦って退場というキャラ多すぎてイヤイヤイヤイヤとなっていたのですが、

本作ではそんな事は一部のキャラを除いてはなく、どの角度からも楽しめる出来になっている。主要メンバーを紹介していく。

 

ルフィ

「一人だから強い」というバレットと違いを表す為に、行動原理がウソップの救う為、ウソップを守る為、ウソップがまだ負けていない事を証明する為と常に仲間の為の行動だったのも「仲間がいるから強い」ルフィをよく表現出来ていたなと思う。

最後に決闘でBGMにウィーアーが流れるのはずるい。あんなんサントラ買うわ。

ウソップ

まさかこんなに本作で注目されるとは思っていなかった一人株上げまくった男。

過去の回想からのBGMがMemoriesはずるい。狙撃手は戦いでの補佐とか言いながら物語の主人公だった。

麦わらの一味

登場人物が兎に角多いのでどうしても過去作より出番が少なかったりするが、それぞれが船長の勝利を一片の疑いもなく信じていて、そこから自分に何が出来るのかを考えている。その関係性が本当に良い。

スモーカー

「ただモクモクしちょるだけのみじめなロギアじゃけぇ」と赤犬に言われそうなぐらい新世界編に入ってからカマセカマセな役割だったが、本作では大活躍(炎と比べてダメージは少なそうだが)エースと同じ事を言うサボとの共闘も熱い。ケムリンファン必見映画だと思う。こんなケムリンが観たかったんだよ!と思える。

ルッチ

劇場版 ONE PIECE STAMPEDE (JUMP j BOOKS)

お前表紙にも出てくるくらいのキャラなのにその活躍度合いは駄目だろ!

確かに他のキャラより小さいなとか思ってたけど、予告ではルフィが認めた共闘のメンバーみたいだったのにまさか違うとは。まぁでもCP0ならこのぐらいの関わりが限界なのかもしれない。

キッド

お前も覇王色の覇気持ってるんだし、ルフィとバレットが覇気合戦している中に加われよとか、お前のジキジキの実の力でガシャガシャの実発動させているバレットの邪魔ぐらい出来るだろ!とか思いますけど、原作の展開知っていると健全なキラーと仲良くしているだけで涙出てきますよ。幸せに。

ハンコック

ギャグも戦闘力も見た目も最高で素晴らしい。本作の隠れたMVPだと思う。好き。

ウルージ

最悪の世代の中で地味にルフィ以外で唯一殴ってバレットを吹き飛ばしていてその強さがよく分かるし、2年前はパシフィスタを飛ばすことすら出来なかった因果晒しでバレットを滅茶苦茶吹き飛ばしたのも成長がよく分かって感動する。時代はウルージ。

ロー

相変わらずお前の部下が活躍するシーンはないよな。チョッパーに抱っこされてるお前可愛いよ。

サボ

最後のあのエースとの共闘はずるい。完全に物語は終わる所で油断もしていたし、まさか出るとも思っていなかったので感情のピークが最後の最後にやってきた。

 

最後に

ONE PIECEアニメも20周年。

その積み重ねの集大成だからこそ出来るような作品で、僕たちは20周年以上ワンピースのキャラ達と共に成長し、一人一人のキャラにそれぞれの愛着を持つようになった。

そんなキャラ達が集結し、利害の壁を越えて共闘する。

それだけで燃えるし、ワンピースを追い続けて良かったと思える。

おそらくワンピースの最終局面でも今回で味わった「燃え」以上の事が起きると思うと、今からドキドキが止まらない。

でも、それはまだ先の話、クライマックスはもう少し先。僕たちはそれまでワンピースという物語を楽しむ。それはまるで冒険を楽しむルフィのように。

最後に一言

パンダマン出過ぎじゃね

映画『ワイルド・スピードー/スーパーコンボ』感想。暴力回数数えてみた。

スーパーコンボってタイトル聞いたとき、知能指数低いタイトルだなぁ~と思っていたのですが、実際に観てみるとタイトルに名前負けしない知能指数低さで、相変わらず『ワイルド・スピード』シリーズのタイトル考えてる人天才だなと頭が上がらない日々。

常時クライマックス張りのアクションが画面のあちこちで飛び出し、立ちはだかる障害は文字通り筋肉で捩じ伏せる。筋肉、ハゲ、爆発、口げんか、カーアクション、ハゲだけで構成されていて、観ていて自分も知能指数下がる気がしてくる本作。

正直、感想もこれ以上ないのでブログにするの不可能では?ツイッターの140文字だけで十分なのでは?と迷ったのですが、登場人物達の暴力回数をメモしたのでそこらへんと中心に読んで頂ければ幸いです。ちなみに暴力回数というのは殴る蹴る、物で叩くなどです。銃ブッパは回数になりません。肉体美を使ってこそ暴力です。

ほぼ、ネタバレはありません。

映画ポスター ワイルドスピード スーパーコンボ ホブスアンドショウ Hobbs & Shaw US版 hi3 [並行輸入品]

 ルーク・ホブス:ドウェイン・ジョンソン

f:id:Shachiku:20190803201021j:plain

(C)Universal Pictures

通称筋肉ハゲ。作中で顔が牛の金タマ袋だのなんだと言われたりする。

アメリカ外交保安部の捜査官だが現在は休職中であり、娘であるサマンサを溺愛しており、彼女の為に時間を過ごしている。暴力回数は約40回。意外と少ないですが、この筋肉ハゲはただのパンチが一撃必殺の威力があるのでどうしても回数自体は少なくなります。今回は彼の家系の謎が明らかになる後半のアクションシーンが今回の最も知能指数低い所なので、是非観て欲しいです。頭悪っ!って言っちゃうでしょう。

 

デッカード・ショウ:ジェイソン・ステイサム

f:id:Shachiku:20190803202354j:plain

(C)Universal Pictures

通称紳士ハゲ。作中だと声がハリーポッターに似ていると弄られる

元イギリス軍特殊部隊。ドミニクのファミリーであるハンを殺害した張本人であり、こいつがファミリー面しているのが度々ファンの間で問題になる。ワンピースで言うとウソップ殺した奴が麦わらの海賊団入りするようなもん。脚本家もこの問題は認識しているらしく、これから何かあるらしい。

暴力回数は約80回。圧倒的スピード感からの暴力が観ていて気持ちがよい。

それにしても最初の時はあんなに冷徹な敵役だったのに今はお茶目で可愛らしい感じになっているのベジータ感がある。ハゲてるし。

 

ブリクストン:イドリス・エルバ

f:id:Shachiku:20190803203458j:plain

(C)Universal Pictures

通称黒ハゲ。作中ではスーパーマンとか言われているが、個人的には仮面ライダーBLACK。CVは山ちゃん。

ドウェイン・ジョンソンジェイソン・ステイサムを相手にするなんて人間じゃ無理だろwって笑っていたら本当にサイボーグ戦士という人間卒業した奴が出てきて、ワイルドスピードってそんなリアリティの世界だったの!?と思ったけど、最近のワイスピは何でもありだった事を失念。

暴力回数は約35回。圧倒的パワーからの一撃はほとんど漫画の世界。

 

ハッティ・ショウ:ヴァネッサ・カービー

f:id:Shachiku:20190803204224j:plain

(C)Universal Pictures

通称美人。

紳士ハゲの妹であり、作中でドウェイン・ジョンソンとキスするシーンがあるが、生まれて初めてドウェイン・ジョンソンに殺意が沸く程の美人。

美人なだけではなく、その肉体美からのアクションも美しい。彼女目的でこの映画観るのも大いにアリ。

暴力回数は約35回。兄がステイサムなのもポイント高い。

 

最後に

暴力回数は約なので、細かいミスがあったらすいません。私もまた確認しておきます。

この夏にあっているとっても熱い映画になっているので是非大きな画面で観て欲しいですね。

 

映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』感想。大人になれない僕たちにオカンが説教しにくる映画

ドラゴンクエストⅤ/天空の花嫁』を3DCGで映画化。総監督は「ドラ泣き」で有名な『STAND BY ME ドラえもん』の監督でもあった山崎貴さん。『ドラクエ』と山崎貴さんという約束された成功だと思われていた本作だったハズだが、実際に劇場で観てみると上映後の館内が響めきが走り、ザワつくという『ミスト』を劇場で観て以来の現象が起こった。正直、私もまさかこんな展開になるとは思っておらず、「なんなんだ、何を見せられたんだ?」という困惑がしばらく頭から離れなかった。そんな本作について書いていきたい。ネタバレ全開なので注意してくれ。観てない人は是非劇場で。

映画「DRAGON QUEST・YOUR STORY ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」 有村架純 佐藤健 他(吹替) B5チラシ

 RTAドラクエ

この映画はドラクエ5と最後のオリジナル要素の二部構成で作られている。

映画の大半を占める事になる『ドラゴンクエストⅤ/天空の花嫁』要素だが、

この映画の第一報が流れた時に私がツイートした

が結構綺麗に当たっていた程、100分でドラクエVをクリアするのは難しかったらしく、かなり端折っていた。まぁそこは仕方ない。

そもそもこの映画、テーマも含めてドラクエ5初見さん向けの映画では全く無く、皆さんご存じのドラクエ5をこう映画的表現します。懐かしいでしょ。と作り手と観客が確認しながらラストのオリジナル要素まで突っ走る映画なので、まだゲームもしたことない人はまずゲームをクリアしてからこの映画を観て欲しい。

そしてドラクエ5と言えば、嫁論争。

正直私はこの嫁論争が鉄板のネタにされすぎていて、半分嫌にもなっていた。

ネットでもリアルでもドラクエ5の話になるとまず嫁論争に発展する。

いや、ドラクエ5でもそれ以外の事を少しは語りたいんだが!?と真顔になる。

そもそも私がフローラ派だったのも影響して、ビアンカ派からの執拗なまでの煽りをどうしてもネットに生息していると受けてしまうし、最近では公式がもはやほぼビアンカ一強を隠さなくなってきたし、ドラクエシリーズの生みの親である堀井さんが「ほとんどの人がビアンカ選ぶと思っていた」とか言って死体蹴りしてくるし、最近ではフローラよりデボラの方が人気あるのでは!?疑惑まである。

いやいやいや「フロータを選んでアンディから寝取りの気持ちを味わえ、ビアンカが田舎でイヤイヤ寝取られる妄想が出来て2度美味しい理論」は常々発信していきたい(何の話だ)

本筋に戻るが、本作でもフローラではなくビアンカが選ばれる。

f:id:Shachiku:20190803000740j:plain

(C)ドラゴンクエスト ユア・ストーリー製作委員会

しかも、フローラを選ぶように自己暗示かけていたのに関わらずビアンカを選ぶのである。これじゃ私のフローラちゃん、完全に負けヒロインやんと頭を抱えていると、実はフローラは主人公がビアンカを好きだという内なる気持ちに誰よりも早く気付き、変装して恋のキューピット役になっていた事が判明する。負けヒロインなのは負けヒロインなのだが、一矢報いた感があったのでまぁ妥協できるラインかなと思う。それにしてもどうあがいてもビアンカを選ぶこの公式、本当にフローラは当て馬的存在なのだと思ってしまい悲しい。

 

あと、中盤にビアンカが捕まるシーンとか「あれ、ここ同人で観た事ある!」ってなってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。

 

許せるか、許せないかラストの展開

分かりやすく言うと出来の悪い『レゴムービー』のような作品。

ラスト、実は冒険してた世界がVRの世界だったことが分かる。

実はVRの世界だった

実はVR

実VR

これは夢オチと双璧なす程の荒れる展開である。

別に夢オチとかVRオチ自体が悪い訳ではないが、安易に出来る割に今までの積み重ねを一気に無に返す強力な呪文なので、繊細に扱い、観客が納得いく展開にしないと信頼関係がなくなる展開だと思う。

私がこういう実はゲーム世界でしたとか、仮想空間でしたとかのオチに初めて触れたのが『スターオーシャン3』だった。これも今までのシリーズは一体何だったんだと怒るファンが大勢いて、私は子供ながらゲームオチって人を怒らせる禁じ手なんだな、怖いなという印象をずっと持っていた。

そして本作である。

純粋にドラクエ5が好きな人が怒る気持ちも分かる。

空想の世界を楽しんでいる人に対してこれは空想だぞって説教してくるなんて不粋の極みみたいなモノだし、「うるせ~しらね~」案件である。

こっちはゲームの世界をゲームだと想いながらもゲームだと思わずに遊んでいる訳で、令和になった時代に、そんな「ゲームはまやかしではない」という使い古されてカビが生えた主張して、さも感動的なテーマのように上から押しつけられるのは辛い。

そして作中で映画はVRなので自由に設定を変更した上で体験が出来る事が明らかになるが、『ドラクエ5』好きを公言している主人公が、100分に納めるという映画上の制約の為に本来あった様々な設定の数々を省略してしまうのは、あまりにも製作陣によるドラクエ5ファン軽視だと捉えられても仕方ないと思うし、幼少期カットとする主人公、本当にドラクエ5好きなのか?

そもそも、冒頭のファミコン演出もおかしい。ドラクエ5はスーファミですよ。

こういう事があると、内なるISSAが言う「お前のドラクエへの想いって歩きにくくないか?凸凹じゃないか?」と。

 

同じような題材だった『レゴムービー』との最大の違いはやはり、原作と原作のファンへの想いと愛情と敬意の差だったと思う。製作陣は反省して欲しい。

 

閑話休題、タイトルを観て欲しい。

f:id:Shachiku:20190803010505p:plain

(C)ドラゴンクエスト ユア・ストーリー製作委員会

Rが反転している。

RとはRealの頭文字である。そしてそれを反転、即ち逆の意味にすると
そう、Virtual

こんな所から伏線があったというどうでも良い話を挟みつつ、本題に戻る。

 

そもそも別にVRオチなくても成立した話だし、最悪ミルドラース様出さなくてもゲマをラスボスにしても良かった。それでもあえてVRオチを持ってきた本作。パンフレットを読むとシリーズの生みの親である堀井さんもがっつり脚本に関わっているみたいなので山崎貴さんの暴走という訳でもない。

それでもこの展開を強行した理由を考える。

 

やはりミルドラースのある台詞が本作のテーマなんだと思う。

幼少期にスーパーファミコンで『ドラクエ5』を遊び、制服を着てPS2でリメイク『ドラクエ5』を遊ぶ。そしてVRで本作を遊ぶ。童顔だが、そんな年齢なら恐らく私たちと同世代の30代前後だろう。

そんなもはやおっさんである主人公が昔を懐かしみいつまでもゲームを遊ぶ。

そんな主人公に対してゲームのウイルスでもあるミルドラースが言う。

「大人になれよ」

本作のボスであり、ゲームのウイルスでもあるミルドラース彼自身には野望も信念もない。ただ、ウイルスの創造主である人から「送られたから来た」だけで「ゲーム壊す」ようプログラミングされているだけで「送り主はゲームなんていい加減卒業しろ言ってた」と代弁するだけ。本当にVR世界を壊す必要がない。しかも、ウイルスとしても謎である。なぜなら、パスワードとか個人情報を抜く訳でもなく、ただ「もうゲームをやめろ」と説教してくるだけなのだから。

それはまるで子供時代の「お母さん」である。

子供時代にゲームで遊ぶ時の最大の壁と言っても良いお母さん。

ゲームなんてやめて勉強をさせようとするお母さん。

ゲームなんて無駄だと言うお母さん。

そして無理矢理ゲーム機の電源を強制的に切ろうとするお母さん。

まだ、セーブもしてないんだぞ!

そんなお母さんに対して主人公は反発する。

ゲームは決して無駄ではない。ゲームでの出会いは決して意味がない事なんてない。

それらは例えリセットされても、僕の血肉となり、経験となり、生き続けると。

その時の感動は虚構とはいえ今の人生に一部であり、ニセモノだけど本物だったと。

力強く説得してくれる。

そして最後は成長した子供の姿を見てお母さんは安心して成仏する。

 

それはまるで、当時ドラクエを遊んでいた人、今も遊んでいる人、FF派の人、ドラクエをやった事なくてもゲームが大好きな人、大人になりゲームをやめた人、そして今も大人という当たり前に誰もがなれると信じていたのに未だに大人になれそうにない全ての人に、あの頃の冒険心を蘇らせてくれると共に、それらゲームに支えられて生きてきた事全てを肯定させてくれる。それはまるで使い古されてカビ臭い古い主張かもしれないが、それでもある意味そういう「古さ」という感覚も踏まえて、『ドラクエ』シリーズにしか出来ない優しい終わり方だと思うし、堀井さんがゲーム論で常々語っている「プレイヤーを驚かせたい」という考えにも通じていると思う。

 

そしてなぜ題材が『ドラクエ5』なのか。

これはやはりドラクエ5は親子がテーマであり、一人の子供が立派な大人になるまでのストーリーだからだと思う。

ユアストーリーというタイトル通り、本作の主人公とはつまり観客一人一人である。

そして本作を観ているあなたは、子供の頃からドラクエ5を遊ぶ、共に成長し、困難を切り抜けて来た。例え、ゲームの中のような立派な勇者になれなくても、ビアンカにも負けない可愛い妻や子供がいて幸せな光景。これこそが、僕の人生なのだと誇り高く叫ぶような人生を送っているのだろう。そんな人生とドラクエ5は重なるのだ。だからこそ最後のビアンカの台詞である「家族を幸せに」という台詞が響く。これはゲームではなく現実の事を言っているのだ。

 

ちなみに私は子供もいないし、結婚もしていないのでここら辺は敗北感しかなかった。映画に説教される現実が辛い。

はぁー現実でも魔物が襲ってきてリア充を不幸にしてくれねーかなー

あと、この映画で一番駄目なのは、ゲーム世界を元に戻すワクチンプログラムのデザインがロトの剣だったこと。これドラクエ5やぞ!天空シリーズやぞ!BGMも5以外の奴多かったし、何かこうファンサービスのセンスが僕と違いすぎてノイズでした。

 

VRでビアンカと子供作るシーンとか迫力凄そうとか思ってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。

 

 

最後に

この作品、公開日に

主人公の「リュカ」という名前で色々問題が起きているが、映画を観れば分かるが、子供の頃から「リュカ」という名前を使っていたみたいだし、恐らく久美沙織さんの作品に影響されて主人公がこの名前を選んだと推測されるので、是非諸問題が無事に解決してくる事を祈ります。

 

正直100分でドラクエ5を完結させるのは無理だし、完成度もそんなり高くはない。

鳥山明さんのキャラ絵じゃないのも不満だし、というか不満言い出したら切りがない。

良かった所は安田顕さん筆頭に声優陣はまぁ無難で良い出来だった(最初のパパスの独白のシーンは正直この映画大丈夫かと不安にもなったが)

個人的には今更ゲームをそのまま映画化されても反応に困る所があったので、こういう挑戦してくれたのは嬉しい(ミュウツーの逆襲レボリューションみたいなのが一番好きくない)

最後に、発売から25年以上経っている『ドラクエ5』だからこそ出来たストーリー展開だと思う。個人的には許しがたい岩石の様な重みの側に一輪の花が咲いている様な気持ち(ポエム)

色々叩かれていて大変だけど私はひっそりと応援しているぞ。

ただ、双子の妹の存在消した意味あったか?

 

ドラゴンクエストV 天空の花嫁

ドラゴンクエストV 天空の花嫁