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【ネタバレあり】映画 『イソップの思うツボ』感想。カメは歩みを止めない。

SNSを中心とした口コミでインディーズ映画としては異例中の異例の興行収入31億円を突破する大ヒットを記録し、もはや社会現象と化していた超話題作『カメラを止めるな!

その監督であった上田慎一郎、スチールを手がけた浅沼直也とスピンオフ『ハリウッド大作戦』の中泉裕矢という“トリプル監督”というのも大きな特徴だ。

『カメ止め』の次回作という事でその周りからの期待や、プレッシャーなどは想像できないものだったとは思う。上田監督自身、今作は『カメ止め』とはテイストも後味も違い、賛否両論になると仰ってた通り、鑑賞した直後の私は完全に今作に対して「否」だった。

しかし、家に帰り、飯を食べ、風呂に入り、寝た後で本作を思い出してみると、意外と良かったなぁという気持ちがフツフツと湧き出てきたので、それらの想いを書いていこうと思う。

注意して欲しいのが、完全にネタバレありで書いていく事だ

本作は『カメ止め』と同じくどんでん返しを楽しむ作品でもあるので、初見の人はこんな駄文を読まずにまず映画を観て欲しい。

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(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ

 どんでん返しのパワーがあまりにも弱すぎる

『カメ止め』の初見の時も思ったが、どんでん返しが作品の肝におきすぎている為、前半の伏線を張るシーンが退屈というのが本作では更にパワーアップしている。

冒頭20分前後が劇場を抜け出したくなるほどのつまらなさと主人公である友達のいない女子大生・亀田美羽の振る舞いが観ていて恥ずかしくなる「共感性羞恥」が沢山あること、いくら娘の事を心配しての発言だろうか、亀田美羽の母親の、「女子大生は恋するのが仕事」という余りにも古い価値観の押しつけに「学生は勉強するのが仕事じゃ!!」と言いたくなる発言が多いのも含めてただただ辛かった。つまらないインディーズ映画ってこんな感じというのを凝縮している様な時間だった。

そもそも『カメ止め』の冒頭がつまらないのって、「つまらない」事自体に映画を撮る事へのメタ的意味があって、リアリティがあって、何より後半の爆発的面白さへと直接繋がる「アハ体験」でもあるので、トータルでの満足度が凄い。

 

本作では伏線をはる前半が面白くない事への理由がない。ただただ面白くないだけだ。

しかも、本作では二転三転する展開の連続だったけど、細かいジャブみたいなどんでん返しで、最後の最後にKOされるようなもの凄いどんでん返しがきそうな雰囲気をずっとただ寄せながら、そのまま判定勝負で終わってしまうボクシングの試合を見せられた消化不良な気分になってしまう。

どんでん返しだけでみるなら圧倒的に今年公開された古沢良太脚本の『コンフィデンスマンJP』の方が凄かった。どんでん返しが来ると身構えていたのにそれ以上のどんでん返しが来たし、鑑賞後はスカッとした気持ちよさがある。

 上田監督の皮肉と反乱

途中で台本とか出てきた時はビックリしましたよね。上田慎一郎って同じ事しか出来ないのかよって。最近話題のドラクエ映画のようなメタ的構造だ。

しかし、違った。

これはただのメタ的映画ではなかった。

この映画には二つのメタ的要素がある。

一つは作中の監督であり、脚本家である借金取りの男に対して「俺たちは金を払っている!人を殺す所を観せろ」と要求してくる仮面をつけたブルジョワ達。あれは私たち顔が見えない観客であり、スポンサーであるように感じた。

これは『カメ止め』の成功から『カメ止めみたいなの作って!』と同じような物語を望んでくる観客やプロデュサー、スポンサー達への上田監督の皮肉のようにも受け止められる。

そして最後は監督の死という物語で満足する観客達。これは自分の監督としての死を表現しているのかもしれない。

 

そしてもう一つが、『カメ止め』では映画をメタ的に作りながらも、演技者と監督達裏側が同じ想いで一つの作品を一緒に作っていく構造だったのに対して

本作でも最初はタイトル通りにイソップという作者が書いた寓話のように作者の脚本に沿って演技者が物語を紡いでいくが、亀田一家は最終的に自分たちを動かしていた脚本を否定する。

つまり物語の登場人物が物語を否定し、自分達の物語を歩んでいく事を意味する。

そしてそのメッセージこそが『イソップの思うツボ』の本質となる。

 

復讐と家族とカメと百合

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(C)埼玉県/SKIPシティ彩の国ビジュアルプラザ

本作では三つの家族が出てくる。

1:亀田家 母親への復讐に燃えながらも、『がっこうぐらし』的に母親の幻覚がみえるぼっちな女子大生亀田美羽とその父と兄。
2:兎草家 一家全員タレントとしてバラエティ番組に出演している。理想的な勝ち組家族。しかし、母は亀田兄が演じている先生と不倫したり、父はハニートラップに引っかかったりしている。
3:戌井家 本当の親子ではない。父と娘はヤクザに脅され誘拐、拷問の手伝いをする。

 

この物語は高速道路での自動車玉突き事故が起こり、先に搬入された亀田母より、裏金を積んだ兎草家娘である兎草早織の方が亀田母よりも治療を優先されたしまったことで、彼女の命を失ってしまう。

それが原因で、父と兄が自暴自棄になり以前のような平穏な家族生活は完全に失われてしまう。

だからこそ、美羽は兎草家を自分達と同じように「壊したい」と思うようになる。

ただ、亀田家が兎草家へ憎悪するきっかけになる「病院の割り込み」のシーンが下手な絵の紙芝居だっため、悲劇が軽く感じてしまう。

また、一番悪いのは玉突き事故起こした人だし、賄賂を受け取った医者も悪い。そもそも娘の兎草早織に非がなさ過ぎる。性格が悪いとかの描写とかあればまだ良かったが、兎草早織の名前を覚えたりする良い子なのが逆に救いようがない。ただの理不尽な目にあう被害者になってしまっている。

 

ただ、復讐とは他所から観たらこんなモノなのかもしれない。

復讐なんて関係のない人にも迷惑がかかる自己中心的な行いであり、誰も救われない。

それでも自分に対する区切りの為にやる。

そして実際にその復讐は成功し、亀田家は兎草家の信頼関係をぶち壊し、今までになかったドス黒い心を抱かせた。精神的に殺しを行えたので復讐は達成されたとは思う。

その場で直ぐ殺すより、一生苦しみを与え続けて生かす方が残酷な事もある。

 

ただ何度でも言うが、娘の兎草早織がただただ可哀相である。

救いがあるとすれば、今まで表面的仲の良さがあったものの、お互い本音を言えなかった(浮気している妻に何も言えない夫のように)家族が今回の事件を契機に、拒絶し合いながらも、必死で受け入れ合おうとしている姿を見ることが出来た。これから次第だが、前よりも固い関係の家族が出来るかもしれない。

 

そして亀田家。

本作の最大の謎が亀田美羽が飼っているカメである。

前半で死んで、マンションの屋上から落とされ人の頭に当たり、ニュースになっており、これは後半回収される伏線やん!!!からの伏線でも何でもなくED後に何事もなくカメが歩いて終わるという描写に観客の大勢がイスから落ちたと思う。

恐らくこのカメは亀田家そのままだと思うんですね。

マンションから落ちるように社会から、人生から落ちた亀田家は人の頭に落ちて迷惑かけたように兎草家などに迷惑をかけるが、お互い死ぬ事なく、カメも亀田家もゆっくりと再び大地を踏みしめながら歩いて行く。

人生は続いていく。

ゆっくりとゆっくりと、自分のペースで。

 

 

そして戌井家。何度考えてもやっぱり戌井家の存在価値が分からない。確かに戌井家娘の脚が綺麗で素晴らしい。ただ、実の親子ではない父娘の家族愛を描こうとしているのは分かるが、作中劇でも脚本の内容を知らず、所謂バラエティ番組でドッキリを仕掛けられた立場であり、観客目線で物語に反応する役割だという事は分かるが、これはバラエティ番組ではなく映画だし、そのポジションの人間いるのかという疑惑が晴れないまま、後半殆ど空気で、何となくハッピーエンドで終わってしまう。いや、父親はヤクザ撃ち殺してるやん、捕まるやん、遺体放置やんという怒濤のツッコミポイントが生まれるが、本作は現実ではなく寓話なので、そういう細かい所はどうでも良いのかも知れない。

 

そして本作は亀田美羽と兎草早織の百合映画である(断言)

亀田美羽が復讐の為に見つめていたのに自分の事を好きだと勘違いした兎草早織。

そんな誤解から始まった関係だったが、

復讐相手でありながら自分の名前を覚えていた事に感動する陰キャな亀田美羽(陰キャは自己評価が低いので、優しくされると直ぐに好きになる)は兎草早織の命を守る決断をする。

誤解から本当の百合に変わっていっているのがよく分かる。

 

最後に

10月に公開される上田慎一郎監督作『スペシャルアクターズ』


『スペシャルアクターズ』特報 10月18日(金)全国公開

 

正直この予告観てる限りでは結構不安なのだが、公開日には観に行こうと思う。

私は上田慎一郎が好きだ。大好きだ。『イソップの思うツボ』も正直上田慎一郎への信頼と愛が無ければ冒頭15分で劇場を後にしてた。

しかし、最後まで観て良かったという幸福感に今は包まれている。この映画は完成度より人生のどん底とそれでも歩む事の大切さを描いていると思う。その結果『カメ止め』にあった様々な良い要素が抜け落ちてしまった訳だが、完成度よりテーマを取る作品は私の大好物だ。なのでこの映画は好きだ。

 

最後に一言言いたい。どうしても言いたい。これだけは言いたい。

嫉妬では絶対にないけど、あんなに可愛い井桁弘恵に惚れられた亀兄が羨ましすぎて復讐失敗しろ!!撃たれろ!!と願って止まなかったのは私だけでないハズ

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