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映画『アイの歌声を聴かせて』感想。ミュージカルAI毒親アニメにしてもう一つのGHOST IN THE SHELL

人はなぜこんなにもI(私)=愛=AIに魅力を感じ、ついついタイトルに入れてしまうのか。

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【公開日】2021年10月29日 【監督】    吉浦康裕【脚本】    吉浦康裕、大河内一楼
【原作】    吉浦康裕 【音楽】    高橋諒 【制作会社】    J.C.STAFF

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最初の特報の時では謎の転校生が主人公にいきなり「今、幸せ?私が幸せにしてあげる」と宣言し、そのまま「幸せ幸せ」連呼して、しまいには「幸せに~♪」と歌いだすので「ヤバい奴が主人公のヤバいアニメ来た」の印象が強く、松竹系の映画館では必ずこの予告を見せられるので、コロナで公開が延期&延期を繰り返した結果、10回以上は「幸せに〜♪」を観ることなってしまった。頭おかしくなるで。

 

こちらも覚悟を決めていたのに、今年になってからの新しい予告で主人公がポンコツAIという設定を開示されて「そっちか~」と結構ガッカリした思い出がある。頭おかしい主人公モードだったんだ。

『アイの歌声を聴かせて』はこんなにも傑作なのにどうして劇場はガラガラなんだ!!って意見をよく見るけど、そりゃただでさえ難しいオリジナルアニメ映画で、幸福の科学の映画みたいなcm流していたら一部の好事家しか観ないよという気持ちしかない(それはそれとして、口コミでジワジワ伸びると良いですね

ここからはそんな『アイの歌声を聴かせて』をネタバレありで感想を書いていきたい。

 

あらすじ

景部高等学校に転入してきた謎の美少女、シオン(cv土屋太鳳)は抜群の運動神経と天真爛漫な性格で学校の人気者になるが…実は試験中の【AI】だった!
シオンはクラスでいつもひとりぼっちのサトミ(cv福原遥)の前で突然歌い出し、思いもよらない方法でサトミの“幸せ”を叶えようとする。 彼女がAIであることを知ってしまったサトミと、幼馴染で機械マニアのトウマ(cv工藤阿須加)、人気NO.1イケメンのゴッちゃん(cv興津和幸)、気の強いアヤ(cv小松未可子)、柔道部員のサンダー(cv日野聡)たちは、シオンに振り回されながらも、ひたむきな姿とその歌声に心動かされていく。 しかしシオンがサトミのためにとったある行動をきっかけに、大騒動に巻き込まれてしまう――。 ちょっぴりポンコツなAIとクラスメイトが織りなす、ハートフルエンターテイメント!<公式HPより>

 

急に歌うよ~

「ミュージカルって急に歌い出すから恥ずかしい」問題がある。僕らのような下等一般人は「ミュージカルに慣れていない」ので、登場人物が会話の途中で突然歌い出すのは「何を急に歌い出しとんねん」と違和感を覚える。 だからこそ観ていて恥ずかしくなる。

恐らく、この問題を100%回避するのは不可能だろう。歌謡ショーみたいに「それでは○○歌わせて頂きます」と挨拶スタートなんてしてられない。

だからこそ、ミュージカル映画は理想のミュージカルパートと過酷な現実パートみたいに区切りをつけたり、豪華なエンタメに極振りしたり、色々工夫している。

 

それでは『アイの歌声を聴かせて』はどうだろう。

急に歌い出す役をシオンというポンコツAIにすることで、シオンは「場所も選ばす歌い出す」という他人からの視線を気にしない頭おかしい奴を強調する「急に歌うよ~」展開なのだ。

すなわち、我々がミュージカルに対する違和感を逆手にとって「シオン」というキャラクターを成立させている。ここはうまい。

 

シオンの自己紹介と共に始まるミュージカルシーンで、周りの人は「こいつ頭大丈夫か?」となるし、僕もなる。違和感を覚えて当然なのだ。突然歌い出すシオンに対し、サトミ及びメインキャラ達は終始タジタジで「迷惑だからやめて」と困惑する。

そこまでしてなぜ、シオンが歌うのか、それが本作の最後で明らかになる肝となっている。ここは是非、映画を観て。

 

AIと世代と

 

シオンは人前で急に歌い出してもおかしくないキャラクターでありながら、AIなので、IoT機器を自由に操作し、歌いながらミュージカルシーンの演出まで自分で担当してしまう(どこがポンコツAIだ

シオンが歌うとピアノは独りでにメロディを奏で、スピーカーは鳴り響き、ソーラーパネルでウユニ塩湖を再現する(ここの演出は斬新だし、日本のアニメ界はウユニ塩湖好き過ぎて笑う

なんならシオンは勝手に防犯カメラを捏造したりやりたい放題である。

舞台もトヨタの実験都市「ウーブン・シティ」のようなAI実験都市のため騒動の規模がいちいちデカい。

思考回路が「サトミを幸せにしたい」しかないシオンなので、一歩間違えれば暴走しそうな危険性を感じてしまう。

 

このシオン、進化の果てに自我を獲得したAIであり新しい生命体。自己をネットワークに放流し、企業のシステムに侵入しまくるその姿は『攻殻機動隊』の人形使いである。

 

本作では一応、悪役にシオンの開発者でサトミの母親の美津子をねたむCVツダケンの支社長がいるが、そのねっちょりボイス含めて悪者感だしているのに、特に悪いことはしない。シオンに悪い細工しそうでしない。悪い細工しそうな描写3回ぐらいあったけど、何もしない。CVがツダケンなだけだ。
人形使いのようなシオンに対して「このAI、どう考えもおかしいから処分する」は分からないでもない気持ちになる。攻殻ならそうなる。

 

そして最後の衛星軌道型シオン。公式コミカライズだとサトミを幸せにするために、もっと沢山の人を幸せにしようと動きだして本作は終わる。いい感じ風だけど、一歩間違えればスカイネットの世界になるじゃねーかと思ってしまう。僕は基本的にAIを信じてないのかもしれない。

ターミネーター』の影響力がまだ凄かった僕の世代だとどうしてもAIって暴走するもの、よく分からない恐怖の対象だった。

「人は得体の知れないものに怯える」 

それは幽霊や宇宙人と同じだ。

しかし、AIは確実に僕たちの社会に浸透し、これからの時代はよりなくてはならないモノになるだろう。

自我が目覚めた時からAIと共にある世代。そうなってくるとスカイネットの世界(笑)になっていくのかもしれない。AIに恐怖を抱かないのだ。そして『アイの歌声を聴かせて』はそういった世代の物語だからこそ、こんなにもAIに対して肯定的で、新しいモラルを描いているのかもしれない。

 

母親との関係

妙に歪で、リアリティがあったのがサトミと母親の美津子の関係だろう。

夫とはサトミが幼い時に離婚しており、科学者としては優秀だが、家事はサトミに任せっきり。サトミは頑張っている美津子を応援しているが、どこかよそよそしい所もある。心を開き切っていない。

 

『アイの歌声を聴かせて』のきっかけはAI規制法スレスレ、ほぼ黒に近いグレーのテスト、すなわちシオンの学校への転入を強行したのが始まりだった。案の定、シオンはポンコツなので問題を起こしまくり、美津子は今までの努力が水の泡になってしまう。

「馬鹿達のせいで日本のAIは1歩後退したんだ。」と美津子は言う。

そこまで優秀なら馬鹿の多い日本なんか見捨てて海外の別会社に行くのもアリだろと僕なんかは思ってしまうが…まぁ子供がいると中々大変だよね…

 

そして落ち込んだ時の美津子の態度が最悪で、そもそも「失敗した時の責任は自分にある」と豪語していたのに実際に失敗すると、酒におぼれ、物に当たり、そして娘に当たる。ガラスが割れ、サトミが「ヒェッ」となるシーンなんてホラーである。

立ち直った後、サトミに謝罪の一言は絶対に必要だったと思う。遊園地に一緒に行ったりして親子関係は知らんところで良くなったのかもしれないが、観客との関係は良くなってないぞ。

そんな状態でツダケンに対してスカッとジャパンされても困る。

 

吉浦康裕監督自身の母親がモデルらしく、ここだけ生々しいのも中々怖い。

まぁでも最終的にはこの人もシオンというウイルスの被害者でもあるので、トウマが全て悪い(本作は2回目観ると、シオンがトウマの指示には「それは命令?」って聞いた意味の真相が分かったり、トウマの指示にはきちんと従っている事が分かったり、気づきも多くあるのでおすすめ)

 

最後に

  • 個人的には土屋太鳳さんの女優としての演技で「うまっ」と思った事はないけど、ミュージカルシーン含めてシオン役は本当に良かった。前々から思ってたけど、土屋太鳳さんの声の出し方って声優的だなと思う。声優でも頑張って欲しい。
  • 家事をサポートするAIや、スクールバスの描写など、今ある現実感ある世界の中に近未来が融合しており、現代の質感とSFが入り混じった都市の描写が最高である。築何十年かの田舎の家がAIでリフォームされてる感じ、ここだけでもずっと観ていたい。

 

イヴの時間」など、AIと人の関係性を描くとえげつないモノが出てくる吉浦康裕監督。本作もAIと人の百合という新しい世界を描いているので是非観て欲しい。

 

(2021年11月14日追記)感想とは言えないなにか

TwitterなどSNSで本作の感想を読んでいると「震えるほど泣ける」とか「これが『竜とそばかすの姫』以下の興行収入なんて日本終わってる」とか逆張りクソ野郎の僕にとって読めば読むほど映画を観たくなくなる感想がゴロゴロある。

僕もよくするので人の事を言えないけど、作品の感想を言語化して人に見せる時に、褒める時も貶す時も元々の感情×50倍からスタートして、わんこそば形式で倍率が上がっていくことがよくあることだ。

 

それでも本作が口コミでジワジワ伸びているのは「(多少言い過ぎなんだろうけど)面白そう!興味出た」と思ってくれる精神年齢の高い人が多いからだろう。Twitterの高齢化も悪いことだけではないねという気持ちになってくる。

 

口コミでジワジワ伸びていくアニメ映画って近年では『若おかみは小学生!』も同じような感じだったと思うけど、あの時は見事に逆張りを発動してしまって僕は未だに観れていない。

 

ただやっぱりね、逆張りでコンテンツに触れないのが一番勿体ない気がしてくる。

 

コンテンツが溢れるこの時代に名作全てを観れる訳はないけど、時たま『若おかみは小学生!』観ればよかったなぁと喉に引っかかる感じがあって、スッキリしない夜がある。

 

『アイの歌声を聴かせて』の感想で素直に「面白そう」と思える人はそのままのあなたでいて欲しいし、逆張りの精神で観たくないと思う人は、フラットに観ることはもう不可能だと思うので、「わんこそば映画ライターに物申す」精神で一度観てみることをオススメしたい。基本的に「思ってた通り期待したより面白くなかった」という感想になるけど、時たま逆張りの精神を超えて心揺さぶられる作品に会えることがある。自分にとって大事な作品になることがある。

 

その奇跡のような出会いを求めて僕らは映画を観ているのかもしれない。