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映画『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』感想。大人になれない僕たちにオカンが説教しにくる映画

ドラゴンクエストⅤ/天空の花嫁』を3DCGで映画化。総監督は「ドラ泣き」で有名な『STAND BY ME ドラえもん』の監督でもあった山崎貴さん。『ドラクエ』と山崎貴さんという約束された成功だと思われていた本作だったハズだが、実際に劇場で観てみると上映後の館内が響めきが走り、ザワつくという『ミスト』を劇場で観て以来の現象が起こった。正直、私もまさかこんな展開になるとは思っておらず、「なんなんだ、何を見せられたんだ?」という困惑がしばらく頭から離れなかった。そんな本作について書いていきたい。ネタバレ全開なので注意してくれ。観てない人は是非劇場で。

映画「DRAGON QUEST・YOUR STORY ドラゴンクエスト ユア・ストーリー」 有村架純 佐藤健 他(吹替) B5チラシ

 RTAドラクエ

この映画はドラクエ5と最後のオリジナル要素の二部構成で作られている。

映画の大半を占める事になる『ドラゴンクエストⅤ/天空の花嫁』要素だが、

この映画の第一報が流れた時に私がツイートした

が結構綺麗に当たっていた程、100分でドラクエVをクリアするのは難しかったらしく、かなり端折っていた。まぁそこは仕方ない。

そもそもこの映画、テーマも含めてドラクエ5初見さん向けの映画では全く無く、皆さんご存じのドラクエ5をこう映画的表現します。懐かしいでしょ。と作り手と観客が確認しながらラストのオリジナル要素まで突っ走る映画なので、まだゲームもしたことない人はまずゲームをクリアしてからこの映画を観て欲しい。

そしてドラクエ5と言えば、嫁論争。

正直私はこの嫁論争が鉄板のネタにされすぎていて、半分嫌にもなっていた。

ネットでもリアルでもドラクエ5の話になるとまず嫁論争に発展する。

いや、ドラクエ5でもそれ以外の事を少しは語りたいんだが!?と真顔になる。

そもそも私がフローラ派だったのも影響して、ビアンカ派からの執拗なまでの煽りをどうしてもネットに生息していると受けてしまうし、最近では公式がもはやほぼビアンカ一強を隠さなくなってきたし、ドラクエシリーズの生みの親である堀井さんが「ほとんどの人がビアンカ選ぶと思っていた」とか言って死体蹴りしてくるし、最近ではフローラよりデボラの方が人気あるのでは!?疑惑まである。

いやいやいや「フロータを選んでアンディから寝取りの気持ちを味わえ、ビアンカが田舎でイヤイヤ寝取られる妄想が出来て2度美味しい理論」は常々発信していきたい(何の話だ)

本筋に戻るが、本作でもフローラではなくビアンカが選ばれる。

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(C)ドラゴンクエスト ユア・ストーリー製作委員会

しかも、フローラを選ぶように自己暗示かけていたのに関わらずビアンカを選ぶのである。これじゃ私のフローラちゃん、完全に負けヒロインやんと頭を抱えていると、実はフローラは主人公がビアンカを好きだという内なる気持ちに誰よりも早く気付き、変装して恋のキューピット役になっていた事が判明する。負けヒロインなのは負けヒロインなのだが、一矢報いた感があったのでまぁ妥協できるラインかなと思う。それにしてもどうあがいてもビアンカを選ぶこの公式、本当にフローラは当て馬的存在なのだと思ってしまい悲しい。

 

あと、中盤にビアンカが捕まるシーンとか「あれ、ここ同人で観た事ある!」ってなってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。

 

許せるか、許せないかラストの展開

分かりやすく言うと出来の悪い『レゴムービー』のような作品。

ラスト、実は冒険してた世界がVRの世界だったことが分かる。

実はVRの世界だった

実はVR

実VR

これは夢オチと双璧なす程の荒れる展開である。

別に夢オチとかVRオチ自体が悪い訳ではないが、安易に出来る割に今までの積み重ねを一気に無に返す強力な呪文なので、繊細に扱い、観客が納得いく展開にしないと信頼関係がなくなる展開だと思う。

私がこういう実はゲーム世界でしたとか、仮想空間でしたとかのオチに初めて触れたのが『スターオーシャン3』だった。これも今までのシリーズは一体何だったんだと怒るファンが大勢いて、私は子供ながらゲームオチって人を怒らせる禁じ手なんだな、怖いなという印象をずっと持っていた。

そして本作である。

純粋にドラクエ5が好きな人が怒る気持ちも分かる。

空想の世界を楽しんでいる人に対してこれは空想だぞって説教してくるなんて不粋の極みみたいなモノだし、「うるせ~しらね~」案件である。

こっちはゲームの世界をゲームだと想いながらもゲームだと思わずに遊んでいる訳で、令和になった時代に、そんな「ゲームはまやかしではない」という使い古されてカビが生えた主張して、さも感動的なテーマのように上から押しつけられるのは辛い。

そして作中で映画はVRなので自由に設定を変更した上で体験が出来る事が明らかになるが、『ドラクエ5』好きを公言している主人公が、100分に納めるという映画上の制約の為に本来あった様々な設定の数々を省略してしまうのは、あまりにも製作陣によるドラクエ5ファン軽視だと捉えられても仕方ないと思うし、幼少期カットとする主人公、本当にドラクエ5好きなのか?

そもそも、冒頭のファミコン演出もおかしい。ドラクエ5はスーファミですよ。

こういう事があると、内なるISSAが言う「お前のドラクエへの想いって歩きにくくないか?凸凹じゃないか?」と。

 

同じような題材だった『レゴムービー』との最大の違いはやはり、原作と原作のファンへの想いと愛情と敬意の差だったと思う。製作陣は反省して欲しい。

 

閑話休題、タイトルを観て欲しい。

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(C)ドラゴンクエスト ユア・ストーリー製作委員会

Rが反転している。

RとはRealの頭文字である。そしてそれを反転、即ち逆の意味にすると
そう、Virtual

こんな所から伏線があったというどうでも良い話を挟みつつ、本題に戻る。

 

そもそも別にVRオチなくても成立した話だし、最悪ミルドラース様出さなくてもゲマをラスボスにしても良かった。それでもあえてVRオチを持ってきた本作。パンフレットを読むとシリーズの生みの親である堀井さんもがっつり脚本に関わっているみたいなので山崎貴さんの暴走という訳でもない。

それでもこの展開を強行した理由を考える。

 

やはりミルドラースのある台詞が本作のテーマなんだと思う。

幼少期にスーパーファミコンで『ドラクエ5』を遊び、制服を着てPS2でリメイク『ドラクエ5』を遊ぶ。そしてVRで本作を遊ぶ。童顔だが、そんな年齢なら恐らく私たちと同世代の30代前後だろう。

そんなもはやおっさんである主人公が昔を懐かしみいつまでもゲームを遊ぶ。

そんな主人公に対してゲームのウイルスでもあるミルドラースが言う。

「大人になれよ」

本作のボスであり、ゲームのウイルスでもあるミルドラース彼自身には野望も信念もない。ただ、ウイルスの創造主である人から「送られたから来た」だけで「ゲーム壊す」ようプログラミングされているだけで「送り主はゲームなんていい加減卒業しろ言ってた」と代弁するだけ。本当にVR世界を壊す必要がない。しかも、ウイルスとしても謎である。なぜなら、パスワードとか個人情報を抜く訳でもなく、ただ「もうゲームをやめろ」と説教してくるだけなのだから。

それはまるで子供時代の「お母さん」である。

子供時代にゲームで遊ぶ時の最大の壁と言っても良いお母さん。

ゲームなんてやめて勉強をさせようとするお母さん。

ゲームなんて無駄だと言うお母さん。

そして無理矢理ゲーム機の電源を強制的に切ろうとするお母さん。

まだ、セーブもしてないんだぞ!

そんなお母さんに対して主人公は反発する。

ゲームは決して無駄ではない。ゲームでの出会いは決して意味がない事なんてない。

それらは例えリセットされても、僕の血肉となり、経験となり、生き続けると。

その時の感動は虚構とはいえ今の人生に一部であり、ニセモノだけど本物だったと。

力強く説得してくれる。

そして最後は成長した子供の姿を見てお母さんは安心して成仏する。

 

それはまるで、当時ドラクエを遊んでいた人、今も遊んでいる人、FF派の人、ドラクエをやった事なくてもゲームが大好きな人、大人になりゲームをやめた人、そして今も大人という当たり前に誰もがなれると信じていたのに未だに大人になれそうにない全ての人に、あの頃の冒険心を蘇らせてくれると共に、それらゲームに支えられて生きてきた事全てを肯定させてくれる。それはまるで使い古されてカビ臭い古い主張かもしれないが、それでもある意味そういう「古さ」という感覚も踏まえて、『ドラクエ』シリーズにしか出来ない優しい終わり方だと思うし、堀井さんがゲーム論で常々語っている「プレイヤーを驚かせたい」という考えにも通じていると思う。

 

そしてなぜ題材が『ドラクエ5』なのか。

これはやはりドラクエ5は親子がテーマであり、一人の子供が立派な大人になるまでのストーリーだからだと思う。

ユアストーリーというタイトル通り、本作の主人公とはつまり観客一人一人である。

そして本作を観ているあなたは、子供の頃からドラクエ5を遊ぶ、共に成長し、困難を切り抜けて来た。例え、ゲームの中のような立派な勇者になれなくても、ビアンカにも負けない可愛い妻や子供がいて幸せな光景。これこそが、僕の人生なのだと誇り高く叫ぶような人生を送っているのだろう。そんな人生とドラクエ5は重なるのだ。だからこそ最後のビアンカの台詞である「家族を幸せに」という台詞が響く。これはゲームではなく現実の事を言っているのだ。

 

ちなみに私は子供もいないし、結婚もしていないのでここら辺は敗北感しかなかった。映画に説教される現実が辛い。

はぁー現実でも魔物が襲ってきてリア充を不幸にしてくれねーかなー

あと、この映画で一番駄目なのは、ゲーム世界を元に戻すワクチンプログラムのデザインがロトの剣だったこと。これドラクエ5やぞ!天空シリーズやぞ!BGMも5以外の奴多かったし、何かこうファンサービスのセンスが僕と違いすぎてノイズでした。

 

VRでビアンカと子供作るシーンとか迫力凄そうとか思ってニヤニヤしてしまった私は汚れた大人。

 

 

最後に

この作品、公開日に

主人公の「リュカ」という名前で色々問題が起きているが、映画を観れば分かるが、子供の頃から「リュカ」という名前を使っていたみたいだし、恐らく久美沙織さんの作品に影響されて主人公がこの名前を選んだと推測されるので、是非諸問題が無事に解決してくる事を祈ります。

 

正直100分でドラクエ5を完結させるのは無理だし、完成度もそんなり高くはない。

鳥山明さんのキャラ絵じゃないのも不満だし、というか不満言い出したら切りがない。

良かった所は安田顕さん筆頭に声優陣はまぁ無難で良い出来だった(最初のパパスの独白のシーンは正直この映画大丈夫かと不安にもなったが)

個人的には今更ゲームをそのまま映画化されても反応に困る所があったので、こういう挑戦してくれたのは嬉しい(ミュウツーの逆襲レボリューションみたいなのが一番好きくない)

最後に、発売から25年以上経っている『ドラクエ5』だからこそ出来たストーリー展開だと思う。個人的には許しがたい岩石の様な重みの側に一輪の花が咲いている様な気持ち(ポエム)

色々叩かれていて大変だけど私はひっそりと応援しているぞ。

ただ、双子の妹の存在消した意味あったか?

 

ドラゴンクエストV 天空の花嫁

ドラゴンクエストV 天空の花嫁