社会の独房から

映画やゲーム、漫画など。

【ネタバレ】映画『バービー』或いはインターネットの感想。文化資本を有する人が気持ち良くなる為の映画なのか

映画『バービー』は日本公開前からバーベンハイマーでTVニュースで取り上げられるぐらい荒れ、公開後は『GANTZ』で知られる漫画家の奥浩哉氏の感想が炎上している。

ネットが炎上してSNSにおける話題の大きさは本年度でもトップクラスになっているのに日本の興行収入コケ気味というワーナー ブラザース ジャパンがただただ可哀想。

大きな炎上は今のところバーベンハイマーと奥浩哉氏の2つだが、Twitter(Xとは書かない)では他にも様々な物議を醸し、空中戦が行われている本作。もはやインターネットとは切っても切れない関係になってしまった。それらを僕の感想含めて紹介していきたい。

 

1リトマス試験紙

www.looper.com

アメリカでは「バービー映画がきっかけでカップルが急激に別れている」というニュースがTwitter(Xとは書かない)でバズった。

記事を読むと

私の友人は『バービー』が気に入らなかったのですが、どうすれば彼と別れられますか?」とツイートする人が出て来たり、彼氏と一緒に見に行って、映画におけるフェミニスト思想を怒って拒否されたので別れたりしているらしい。

そういった事から所謂「リトマス試験紙」的映画として活用されているらしい。そのニュースを見た人が、「日本公開が始まったから、これから色々可視化されそうで楽しみ」ってツイートしていて、コワってなる。

そもそも人を試す行為って、サイゼリヤで「安くても楽しめる女性かどうか試す彼氏」としてバズって、それに対して女性陣が怒って炎上してたと思うけども、試す側になると「楽しみ」って感想になるのが怖い。

 

それに加えて『バービー』は「リトマス試験紙」的映画だと既にバズってしまっているんだから、当然彼氏側もそれを知っているだろうし、もしそんな状況で彼女が「バービーの映画観に行こうよ」って誘ってきたら「コイツ俺の事試す気まんまんじゃんw」ってなるだけだろ!!!

こうなってくると"彼氏を映画バービー誘う彼女かどうか"の逆リトマス試験紙になってしまう。

例えまだ付き合っていない状態、男女友達何人かのグループでバービー観に行くことになったとしよう。リトマス試験紙だと知っている男子はそれはもうバービーに肯定的に感想言い出すだろう。それを聞いて女子は「彼、野蛮そうに見えてこんなフェミ指数(!?)が高い男子だったのね!!」と勘違いするかもしれないが、ただ狙ってるだけである。映画を褒めて好感度を上げてデートに誘おうとしているだけ……!!!脳みそ下半身なだけ‥…!

そもそも、普通の人は自分自身にそこまで自信なんてないだろうし、リトマス試験紙とか言われている映画、誰かと観に行きたくないだろ……!!!!

 

 

2ゴッドファーザー語らい男

映画の冒頭、それまで赤ちゃん人形を大切にして楽しく遊んでいた少女たちが、バービー人形が現れた途端に赤ちゃん人形の顔を地面に叩きつけて壊すシーンがある。中々絵面がキツイので拒絶反応起こす人がいるが、それに対して映画評論家の町山智浩氏が「それは『2001年宇宙の旅』という映画の冒頭の「人類の夜明け」のパロディなので~酷いシーンじゃないんですよ」と引用RTした後に「普通の人には分からないと思うけど~~」という謎のマウントをとってきたりするの怖い。同じように映画評論家の小野寺系氏も一般の感想に対して引用RTで絡んできたりして怖い。そのフォロワー達もエゴサしてはマンスプレイニングをしている。そもそも絵面がキツイという話なのにパロディなんですよって言われても、だから……なんだよ……!!!ってなるだけだろ。

 

 

漫画『チェンソーマン』でも顕著だが、視聴者を巻き込んでの「読み解きの楽しさ、元ネタ探し」がSNSを通して人気になっている。

故に映画を観た1人1人が映画の元ネタ、解釈ゲームに付き合うことになるのだが、結局それって知識の殴り合いになるので文化資本もあるインテリ層が気持ち良くなるだけである。あるいは映画、芸術オタクが活き活きするだけ。だから僕みたいな文化資本の薄いインテリ層じゃない人はバービー人形の歴史や元ネタを語る知識がなく、こうやってインターネットの感想とかいう不毛なことをするしかない。

しかし、よくよく考えみると頼まれてもないのに映画の解説を始める人って劇中でもネタにされた「ゴッドファーザー語らいケン」そのままである。

映画『ゴッドファーザー』を観ていたケンが女子相手に解説をはじめてその隙にバービー達が行動を起こすというシーンがある。つまり勝手に『ゴッドファーザー』についてウンチクを垂れる映画好き男性のマンスプレイニング仕草を「あるあるネタ」として笑いにしているのだ。それをあるあるネタとして消費する事自体がインテリ/映画オタク層向けだなと思う所はあるけど、まさしく笑いものされているのは町山智浩氏などの引用RT仕草と同じである。こういう層って自己反省するのもさせるのも大好きだし、『バービー』は男が自省するために見なければならない "男性映画" らしいので男みんな自省してるハズなのに、本当に自己反省して欲しい所は「この映画こういう所もうまいな~~」で終わらせる。自己反省する気がないのである。

 

 

3解釈とコメディ

本作はコメディ映画なのだが、コメディ、笑いというのはハイコンテクストである。

アカデミー賞授賞式でプレゼンターを平手打ちしたウィル・スミスの事件は日本でも有名だが、そのきっかけとなったのはクリス・ロックが脱毛症であることを公表しているジェイダ・ピンケット・スミスの短髪について悪質なジョークを発したことだったのは記憶に新しい。日本だとクリス・ロックに批難が集中したけど、アメリカではセレブに対してジョークとは思えないジョークがまかり通る文化があるから日本人は理解してと言われたりもした。

日本の笑いでも漫才中に客を弄る事があり、有名なのが「美人美人ひとつ飛ばして美人」だが、そのお約束を知らない人がひとつ飛ばされたことにぶち切れたりした。

国ごとに笑いの文化があり、国の中でも様々な笑いの文化がある。他の国やお決りを知らない人からすると中々理解できない笑いも当然ある。そもそも笑いのポイントって人によって違い過ぎる。だから日本ではハリウッドのコメディ映画が中々流行らなかったり、M1の結果が荒れたりする。

僕がいた映画館では「マーゴット・ロビーが言っても説得力ない」とか「ザック・スナイダー版ジャスティス・リーグみたいな幻想」などコメディシーンになると外国人の笑い声だけが劇場で響いていた。

それは仕方ないことだ。

 

ただ、笑えないだけでなく、特に笑いって言葉の暴力と紙一重だったりするのでうまく理解されないと、ただただ失礼だったりする。だからよく炎上する。

特に字幕や吹き替えなど、翻訳が入ると元の言語にあった意味合いが分かり辛くなることが普通にあるので余計に難しい。そうなってくるとインテリ層のような方々には信じられない解釈もしてくる人が出てくる。

皮肉パロディ寓意比喩表現…を理解する難しさ。例えば劇中で「眼鏡外した方が綺麗だよ」と言うシーンがあって、それを観た人が怒ってたけど、該当のシーンは明らかにそういう事を皮肉ってる演出だったので込められた意図は寧ろ批判側だったりする。しかし、皮肉とは「これって皮肉であってますよね!?」と製作陣への信頼関係がないと絶対だと言いきれない所がある。これが監督: 福田 雄一でも同じように皮肉として受け入れられるのかって話。バーベンハイマーで製作を信用できなくなった側面ってあると思うな。

また、解釈バトルになると余計に難しい。

例えば映画のラスト。「婦人科」に行って終わるのだが、そのせいで妊娠出産関係なの!?と戸惑う人が出て、それを見て「そんな訳ないだろ!!」とブチ切れる人が出てくる。確かにここで妊娠はおかしいだろ!とは思うけど、シーン自体が唐突過ぎて説明不足過ぎてよくわからないことと、僕も含めた世の多くの男性は「婦人科」って見るとえっ!妊娠!って思っちゃう。じゃなんで「婦人科」に行ったのだって話になると、人形の「バービー」から人間の「バーバラ」になった=女性器のある体になったので、婦人科検診を受けたのだろう。
婦人科で健康診断を受けるのは主体的に女性の生(性)を受け止めて生きてるという象徴。
死なない人形のバービーには生殖が必要ないからお股もツルペタだったけど、人間として生きる事を選んだので「バーバラ」には性器があり、緊張しながらも嬉しそうなバーバラの希望を描いたラストって最もらしい解釈が出来る。でも、これは最もらしいだけだ。僕の正解であって他人の妊娠説を否定する材料にはならない。

北村紗枝氏の著書で

「作品に正しい解釈はありませんが、間違った解釈はあります」

と書いてあり、誤認をしていたり、展開をきちんと理解していなかったりすることに起因すると間違った解釈になるらしい。誤認は確かにアウトだが、展開の理解の話になってくるとややこしくなる。今回の妊娠説が間違った解釈と言えるかのライン引きは誰かするかって話である。北村紗枝氏や町山智浩氏がライン引きするのかって。人間になれた喜びで遊んでいる内に妊娠したって何とか拡大解釈できない事もない。

 

例えこの先、監督や関係者がインタビューなどでラストの解釈を述べたとしよう(もしかしたら既に述べているのかもしれない)しかし、それは監督や関係者の"解釈”であって"正解"などではない。たまに「監督がこう言ってるからお前の解釈間違い~」と煽ってくる人間がいるが、一番嫌いな人種である。何故なら作品は作品で完結しているからだ。それ以外で補足されても、だから何!?で良いと思っている。

 

 

最後に

SNSを見て他人の映画感想にムカつくことって確かによくある。それこそ古の時mixi個人ブロブの時代から映画の感想で殴り続けてきたのだろう。ただ、こういう現代的価値観の趣が強い映画の感想での殴り合いって相手の思想全て含めて殴りだすから人格全否定からの誹謗中傷と紙一重になりがち。そりゃみんな自分の感想言わなくなるわって。色々解釈も出来るからこそ、大事なのは受け手同士が誠実に向き合うことだと思う。

 

 

本作はオモチャムービーとしても良く出来ている。終盤辺りからメリハリのないTwitterで500RTぐらいされそうなツイート映画になっていったのも今風だなって思う。鬼滅の時もメッセージ含めて説明し過ぎって言われていたけど、『バービー』も同じようなモノだし、鬼滅を批判していた映画評論家も『バービー』は絶賛している。逆に大事な所を言葉にせず観客に委ねた『水星の魔女』は滅茶苦茶叩かれもしたので、今のトレンドはメッセージを全部口で説明することなのだろう。大事な所を観客なんかに委ねたらダメ、視聴者を巻き込みながらのツイート映画こそ多くの観客が気持ち良くなれるのだ。

 

そして基本的にこの映画自体はバービー史や映画史を知っている人間の方が楽しめるのは間違いない。取り敢えずネトフリで『ボクらを作ったオモチャたち』は観た方がいいらしい。文化資本稼いでいこう。

Watch The Toys That Made Us | Netflix Official Site

 

本作を鑑賞して話の肴にしたり日々の鬱憤晴らしにするのは良いと思うけども「男も『バービー』観て自省しよう」まで来るとそういう映画ではないだろ……と思ってしまう。というか日本でもTwitterで何度もトレンドになるぐらい話題になっているのに興行収入大コケてるの

 

みんな情報だけは欲しいけど金と時間を消費して観に行くまででもないコンテンツという哀しいパターンだな……。

 

 

この映画を観て自己反省したり気持ち良くなってTwitterでダメな感想をエゴサしてRT後のマウントツイートというインテリ層の遊びをするかどうか。それがインテリかどうかのリトマス試験紙なのかもしれませんね(500RT)