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死ぬ前にゴジラに踏まれたい。映画『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』感想。怪獣賛歌と狂人ドラマ

私が映画館で初めて観た映画は『ゴジラVSキングギドラ』だった。

それ以来、私は平成ゴジラシリーズ(VSシリーズ)と共に育ったと言っても過言ではない。

そんな私はゴジラに憧れ、「ぎゃおぉーーん、ぐぁおん!」と文字にするのが非常に難しいゴジラの鳴き真似して友達に引かれたり、夏休みの自由研究でゴジラの妄想生態本を書いて先生に引かれたりした子供時代だった。

 

私のピカピカしたゴジラへの情熱もVSシリーズが終わり、また私が大人になるにつれ冷めていった。ただ、2016年公開の『シンゴジラ』で再び体が滾り、そして本作『ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』で完全にバーニングした。これは、この作品は私たちVS世代への同窓会でありながら、日本のゴジラが世界のGODZILLAとして羽ばたいた記念すべき怪獣賛歌であるからだ。この映画の感想をネタバレ全開で書いていく。

映画 ゴジラ キング・オブ・モンスターズ ポスター 2019 キング オブ モンスターズ カイル チャンドラー ヴェラ ファーミガ ミリー ボビー ブラウン 渡辺謙

狂オタク、ドハティ監督によるオマージュの数々

幼いころからゴジラオタクだったと公言しているドハティ監督。

この映画を観ればわかるが、恐ろしくなるほどの怪獣愛に満ち溢れている。

そもそも狂っていないとゴ!ジ!ラ!!!!ソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャ!!!!みたいなBGM絶対に採用しない。

そんな本作ではすざましい程のオマージュがある。私が確認出来ただけでも

などなどである。恐らくもっと多いと思われる。これを一作にまとめたドハティ監督が恐ろしい。そんな拘りはエンドロールにも現れている

Godzilla:himself
Ghidorah: himself
Mothra:herself
Rodan: himself

こんな描き方するエンドロール観たことない!

次回作から何をするんだという戸惑いすらある。ありがとうドハティ監督

 

作品の主役、怪獣達の活躍記録

ラドン

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火山からカッコよく復活、風圧で避難民や街を吹き飛ばす

そしてそのまま戦闘機を圧倒しイキり散らす

ギドラと激突するも敗退、ギドラの舎弟になる。

ギドラが王だとラドンもそうだそうだと言ってます。

ゴジラと共闘しようとするモスラを妨害するが敗退

ギドラを倒したゴジラの前にひれ伏しゴジラの舎弟になる
ゴジラが王だとラドンもそうだと言ってます。
と人間味あふれる怪獣で笑った。今作の癒し。

モスラ

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「怪獣の女王」ことモスラの見た目は「バドラ」が合わさったような見た目になっており、格好良く、今作のヒロインでもある。

出番こそ少ないもののあまりにも神々しい姿はインパクトの塊である。成虫になった姿を観た瞬間から(まぁ綺麗……きっと人類の味方だな……)みたいな顔に全員がなってるモナークの科学者集団は洗脳でも受けているのかと疑問に思ったが、まぁ彼らは狂人集団なので。

作中でゴジラを庇って死んでしまったが、エンディング中に謎の卵発見というワードがあったので復活する可能性大ありである、私は映画『モスラ』シリーズも思い入れが強いので単独作品作って欲しい。

ギドラ

映画ポスター ゴジラ キングオブモンスターズ Godzilla King of the Monsters キングギドラ US版 hi2 [並行輸入品]

ゴジラの宿敵でありながら0勝8敗中のギドラである。詳しくは以前書いた記事である

www.shachikudayo.com

に書いているが、本作でも負けたので0勝9敗に更新である。

ただ、本作のギドラは非常に格好いい。

まさしく「キング」ギドラである。そして宇宙からの怪獣、つまり地球においては偽りの王というロジック。本物の地球の王、「怪獣王」ゴジラと「キング」ギドラの対決。

これこそが僕らが観たかった怪獣同士の戦いだという想いに浸れる、最高。

そして他の首がモスラの糸にかかると心配して助けようとするギドラ可愛い。

次回作ではメカキングギドラとしてゴジラとコング、共通の敵になる可能性がある。

ゴジラ

今作のゴジラさんは人間によって復活された宿敵ギドラを倒そうと頑張るもその最中に人間達にオキシジェンデストロイヤーを撃たれて死にかけ、休憩しているとまたしても人間がやってきて核撃たれて無理矢理復活(人間で言う所のエナジードリンクを無理矢理一気飲みさせられた感じか?)

それでも人間を襲わないというあまりにも慈悲の心に溢れている本作のゴジラ。そのままギドラを倒し、他の怪獣達にも舎弟にする。まるで番長である、怪獣番長の誕生である。

というか本作、地球で番長しているゴジラ兄貴と荒らしに来たギドラ、気が強い幼馴染のモスラ、子分を生業とするラドンと、完全にヤンキー漫画である。

次回作でコングとゴジラが戦うらしいが、恐らく私の読みでは、地球という学校の番長をしているゴジラに新参者のコングが挑む構図になると思う。

コングが世界各国の怪獣番長を倒し、成長しながら仲間を増やし、そしてゴジラ軍団に立ち向かう不良漫画的、即ち『クローズZERO』(小栗旬さんも出るらしいし)展開になるのかもしれない(ならない)

 

エンドロールで顕著だが、ゴジラが通った後には自然が回復し、絶滅動物ですら復活する、もはや地球の正義の使者であるゴジラが人間と争う話を作るのは中々難しいのではないか。続編が気になる。

 

狂人ドラマと芹沢博士と価値観の多様性

本作は公開される前、人間ドラマが薄いという批評がネットでバズっていた。

実際に観てみると確かに人間ドラマは薄い。なぜなら出てくる人間誰も彼も頭がおかしい奴ばかりだからである。

前作のギャレス・エドワーズによる『GODZILLA』、通称ギャレゴジにてゴジラが大好きで、意地でも「ガッズィーラ」ではなく「ゴジラ」と発音する劇中唯一の日本人にしてゴジラ界のレジェンド、芹沢の名前を継ぐ男を演じた渡辺謙が今作ではまだまともという事がわかる。

それほど、キャラが濃い奴らに囲まれているが、本作ではそんな渡辺謙がある意味主役である。

渡辺謙と言えば、ハリウッドで活躍する数少ない日本人だが、『バットマン ビギンズ』で敵のボスと思いきや、影武者で出番少なくすぐ退場が代表例のようにイマイチ活躍が少なかったが(それでも本当に凄い)今作では人間側の主役的立ち位置の一人で、初代ゴジラのように芹沢博士として人類を救うべく、命を捨てて兵器を利用する。

ただ、初代ゴジラと決定的に違うのは初代ゴジラではゴジラを倒す為に兵器を利用したが、本作ではゴジラを復活するために兵器を利用している。

そして兵器とは核である。

日本のゴジラ観は今まで、戦争や原水爆、環境破壊に対する「人間がやってはいけない事をした罰の具現化」であり、人がやってきた事の後ろめたさの表れだったが、本作では違う。怪獣とは人間ではどう足掻いてもどうする事出来ない存在「神」として描かれている。それはCMでもあった「我々がゴジラのペットになるのだ」という台詞に象徴されている。

その違いは日本とハリウッドの価値観の違いだと思う。私も日本のそういう価値観が好きだが、ゴジラは日本だけに留まらず、海外に進出し、日本以外の様々な価値観と身につけていった。その結果が本作のゴジラ観であり、そんなゴジラだらかこそ日本だけではなく世界中で愛されるようになっていくのだと思う。そんな変化に少しの寂しさもありながら、子供の頃大好きだったあのゴジラがこの先、どれほどの化け物コンテンツとして育っていき、世界中の子供達に愛されるようになるのかそんな事を考えるだけも非常にワクワクする。

 あと、あの環境テロリスト集団、お前はもう用済みだ宣言の後にそのまま帰宅を許してくれる組織初めて見た。車も貸してくれるし優しさの塊。恐らく本作で一番話がわかる連中だと思う。これからも出番がありそうなので楽しみである。

最後に

今作では非常に強いテーマ性がある。

それは「愛」とか「人生」とかそうしうモノではない。

ゴジラ キング・オブ・モンスターズ』のテーマ、それはただ一つ

ゴジラとは怪獣王」という事だけである。それが熱烈に私たちに伝わり、見終わった後、ゴ!ジ!ラ!!!!ソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャソリャ!!!!というBGMが頭から離れないようになる。まるで宗教映画である(ではない)

本作は非常に面白い作品ではるが、ただ一つ難点があるとすれば劇場を出た後どうしてこの世界ではゴジラやギドラやモスラや謎のマンモスが暴れていないのだろうと怪獣が一切いない街並みにただただ涙を流すしかない所であり、再び怪獣達が暴れるこの映画を観たくなる所である。怪獣中毒である。

 

私はこの映画を観て、ある夢が出来た。

それは死ぬときはゴジラに踏まれて死にたいという事だ。

私はどうしようもない人間だが、死ぬときぐらい自分で死に方を選ばせて欲しいし、私が死ぬときはゴジラに踏まれた時だ。絶対にゴジラのあの重さで踏まれて地面に挟まったら気持ち良く死ねると思う。だからどっかの強国が気が狂ったように水爆実験しまくってゴジラを起こしてくる事を期待しつつ今日も明日も会社に行こう。